ヴィジュアル系インサイドセールスが書く「ホッとする」ノート:彼女と私の選択~2章~
こんにちは。ホットリンクのヴィジュアル系インサイドセールス、MIHIROです。
私は過去に、約10年間お付き合いした女性がいました。
彼女と結婚をし、人生を共に歩んでいくと信じていましたが、実現しませんでした。
大人になるにつれてすれ違ってしまった感情、お互いの夢、捨てなければいけなかった選択・・。
そんな話をしようと思います。
1章では2人の出会いを書きましたが、今回の2章は別れのお話・・。
付き合って7年__________。
私たちは20代半ばになりました。
彼女は新卒入社した企業で出世し、社会に揉まれながら大人へ成長していました。
私は大人になり切れないまま、バンドの夢を追い続ける日々__。
彼女は仕事が忙しい中でもライブを見に来てくれていました。
満員のライブハウス。ステージ上から見える客席は、拳を振り上げ頭を振り、その場に想いを全力でぶつける少女達。
最後列で静かにライブを見ている、仕事帰りのスーツ姿の彼女がとても大人びて見えた。
大人になった彼女には志がありました。
社会に出てから環境問題に関心を抱き、活動家を目指したのです。
コミュニティの運営やイベントの開催を行い、影響力を持つ人になっていきました。
その行動力は目を見張るものがあり、一緒にいて刺激的だったし尊敬していました。
お互いが仕事が忙しく会う時間が減っていきましたが、夢を目指すもの同士の共感やリスペクトも、当時の私達にはありました。
この頃、お互いの友人が結婚し、式に参加しました。
結婚は今までなんとなく考えていましたが、友人の変化を見ると現実味を帯びてきました。
彼女も、将来を口にするようになりました。
「私たちって将来どんな生活してるかな?結婚して、子供も欲しいな・・」
当時私は焦っていました。
20代半ば。この頃には、日本武道館を満員にできるバンドマンになれると信じていました。
しかし現実は違った。
泥臭く全国のライブハウスを飛び回り、自分一人が生活するのもやっとの状態・・。
この頃に、私の同期の中から売れていくバンドが出てきました。
何気なくテレビを見ていたら、当時誰もが知る人気音楽番組に、かつてのライバルバンド「ガゼット」が登場しました。
「日本武道館公演を満員にさせた人気急上昇バンド!ガゼット初登場!!」
私は狭く汚い部屋で、テレビに釘付けになりました。
かつて何度もライブハウスで共演したバンドが、テレビの向こうの世界で演奏していた。
・・どうしてあの場所にいるのが自分じゃない?・・こんなに頑張ってるのに、どうして俺はあの場所に行けない・・?
震えて涙が出る程、悔しかった。
その後、続々と新鋭のバンドが頭角を現し、私は人気が低迷しますます生活が苦しくなっていきました。
着実に出世していく彼女と私の間には、収入の面で大きな差がありました。
食事をする場所、着る服、出かける際の選択肢・・あらゆる場面で、私がお金がない事が原因で、
彼女が本当はやりたい事を私と一緒にはできなくなっていきました。
同年代の友人たちが家族を築いていく中、私はデート代もまともに払えない。
「気にしないで。あなたには夢があるんだから・・」
その言葉を聞く度、とても情けない気持ちだった。
20代後半__________。
ガゼットが東京ドーム公演を行った。
私はバンドマンとして更に落ちぶれ、荒んだ生活をしていました。
それでもまだ夢を見ていた。しがみついていた、といった方が正しいかもしれない。
私は心のどこかで、自分が才能溢れる一握りのバンドマンではない事に気が付いていました。
成功できないのは、努力が足りないからかもしれない。努力の方向が間違っていたのかもしれない。
それでも、圧倒的な才能を持つバンドマンと対峙して何度も叩きのめされた私は、もう努力では越えられない壁があると感じていました。
だけど、10代の頃から信じ続けた夢を諦めたくなかった。
この頃に、彼女の両親と話をする機会がありました。
両親は、私が将来をどう考えているのか気にしていました。
「あの子は結婚をし子供も欲しがっている。あなたはバンドの夢をまだ追いたいのでしょう?」
私は、まだ夢を諦めたくないと答えました。
「あなたが夢を諦めないのは立派だと思う・・ただ、もうあなた一人の問題ではないんだよ」
私はバンドの為なら何を犠牲にしてもいいと考え、夢を追ってきました。
しかしこれ以上、周りの人の人生まで犠牲にしてはいけないと思いました。
今思えば、私と彼女は似ているところがありました。
それは「自分の夢の為の活動が最優先」である事。その為、極端に会う時間が少なかった。
それでも心は繋がれると思っていました。
しかし、気が付いた時にはもう取り戻せない程に、私たちの心は離れていました。
彼女は大学時代の友人で環境活動も共にしていた男性から、結婚を前提とした付き合いを申し込まれていました。
もちろん、断り続けていたようでした。
その男性は、環境活動でいつも彼女をサポートしてくれ、私よりも長い時間を彼女と過ごしていました。
おそらく彼女も両親や周りから言われる事も多く、将来を悩んでいました。
私以外の人と過ごす将来の可能性も考え始めたのだと思います。
ある時彼女は言いました。
「やりたい事をやる時、いつもそばに居るのは一番好きな人じゃない。私たち一生こうなの?一度距離を置いて、自分がどうしたいのか考えたい・・」
立ち去る彼女の背中を見ながら、私は引き留める事ができなかった。
もうこれ以上、私の夢に彼女を巻き込んではいけないと思った。
数か月後__________。
彼女から、気持ちの整理がついたので会って話したいと連絡がありました。
彼女のおすすめのカフェに行き、仕事の事、バンド活動の事、お互いの友人の事・・たくさん話をしました。
とても天気が良い日曜日でした。
少し歩こう、とカフェを出て公園を歩きながら話し続けた。
高校生の頃に図書館で初めて出会った時の話、一緒にライブに行った話、2人でメイクの練習をした話。
曲を作っては聞いてもらい「絶対売れるよ!」と夢を語った日々の話。
彼女は泣いていました。
「・・私たち、どうしてこうなっちゃったんだろう・・」
最後に彼女は私に聞きました。
「もう答えは分かってるけど・・他の仕事をする選択肢ってある?音楽は趣味で続けるとか・・」
私は、ないと答えた。
今思えば視野が狭かったのかもしれない。しかしこの時は本当にその考えはありませんでした。
そして、まだ夢を目指す以上、もうここで関係を終わらせるべきだと思いました。
公園で子供と遊ぶ知らない家族の姿が、私たちが失った未来のように見えた。
こうして私たちは別れた。
しばらくして、彼女は結婚し出産した事を風の噂で知った。
私はその後、32歳までバンドを続けたが花開く事なく引退した。
様々な状況や感情の変化があり、現在のインサイドセールスの仕事と出会いセカンドキャリアを歩んでいる。
数年間、タイミングが違えば私達には違う未来があったのかもしれない。
そんなものは幻想で、私はただの最低な男だったのかもしれない。
共通の友人から、彼女は今、家族と幸せに暮らしていると聞いた。
何が正しかったのかは今でも分からない。
それでも私は、あの時バンドを続ける選択をし、自分が納得するまでやり切った事を後悔はしていない。
ビジネスパーソンになった今も、仕事の進め方、価値観、キャリア・・様々な選択を迫られるが、
何が正しいのか分からない事だらけだ。
そもそも幸せとは人それぞれの形があり、正解なんてないのかもしれない。
だからこそ、自分で選択した事を後悔しないよう、精一杯日々生きていくしかないのだと思う。
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