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なぜ体に良い料理を作ろうと思ったのか?私の病気の話。VOL.6

今回は病気になってから、自分自身の気持ちがどのように変化していったか精神的な部分の話をしていきますね。
抽象的な話が多く、読みづらい文章になっていますが、ご容赦ください。

・生きる意味

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病気になった当初は、病気によって私の趣味であったバスケットボールができなくなり、仕事を辞めなければいけなくなったり、特に落ち込んでいました。
バスケは特に大好きで、中学時代からボールを触らない日は1日もないほど熱中し、時間も費やしてきました。
バスケをすることがとても大好きでした。
今までずっと積み上げてきたものが崩れるような感覚でした。
よくある表現ですが、カラフルだった世界がモノクロになった感覚でした。
この病気になったことで私はやりたいことが何もできなくなったと思い、何を楽しみに何のために生きているんだろうとよく考えてました。
やりたいともできないし、もうどうでもいいやと。

・健康な人が羨ましい

病気になってから、私と同世代で健康で働いている人を見たり、スポーツを楽しそうにしている人を見ると、私も病気になる前はできたのになぁ。
他の人は楽しそうで良いなぁ。
また、人の言葉にも敏感に反応するようになりました。
夏に「暑くてやってらんないよ」という人に対して、いいじゃん汗かけるんだから、暑いくらいで文句言わないでよ。
私は汗かけなくて体温高くなり、倒れそうでしんどいのに、と心の中でイラついていました。
私の今の状況よりもっと大変な人はいくらでもいると分かっていても、私は恵まれてる方だとは割り切って思えませんでした。
人のことが羨ましくてしょうがなかったです。

・自分のために生きれないなら、誰かのために。

でも自分の命の使い道を、自分のために生きれないのであれば、私の周りの大切な人のために時間を使うのも悪くないのかなあと思い、いろいろ人のために行動するようになりました。
大した事では無いのですが、具体的には感謝の気持ちを手紙で伝えてみたり、料理を作ってみたり、CDを作ってあげたり、スマホの操作が苦手な人に説明書を作ってあげたり、病院帰りに差し入れをしてみたりと、とにかく周りの人を喜ばせるようなことを多くしていた気がします。
それで自分の気を紛らわしていたんだと思います。
そしてその人たちが、私に生きて欲しいと思うのであれば、私が生きる理由に値するのかなあと思いました。
その人たちが私がもっとしんどくなった時、生きるのが辛くなった時、生きる事をつなぎとめてくれると思いました。

・心配してくれることは当たり前じゃない

また心配してくれることがとても嬉しかったです。
私はあまり人前で弱さを見せることが苦手で、病気になる前は周りの人に心配されることがほとんどありませんでした。
病気になってからは自分だけではできないことが多くなり、人の力を借りたり心配してもらえることが多くなりました。
しかし、心配してもらえることが当たり前ではなくて、そのたびに心が温かくなり、人の優しさを感じました。
病気になったことで、人に優しくなれたと思います。
痛みが分かったことで、相手の事をより考えるようになりました。
それは病気になって良かったことだと思います。

・心配されることに慣れたなくない

先程述べたこととは逆になってしまいますが、心配してもらえる状況に慣れてしまう自分が怖かったです。
そこに慣れて甘えてしまうと、それが当たり前になって自分では何もできなくなるのではないかと思いました。
人に甘えてばかりいると、いつか見捨てられる、嫌われるんじゃないか、そんなことをよく考えていました。
なので体調が悪い時、極力態度や仕草、表情に出さないようにしていました。
どこまで人に頼って良いのか分かりませんでした。
今でも私の中ではその線引きが難しく、ほんとに体調が悪いのにしんどいと伝えれず、我慢してしまうことが多いです。
周りの人には、無理しすぎとよく言われます。

・病気の捉え方の変化

病気になった当初は、病気は悪だ、病気になった自分はだめだとずっと思っていました。
病気になった自分を受け入れず、人に病気だと知られることも怖くて、人と関わるのが怖くなりました。
特に仕事中に知ってる人に見つかるととても焦りました。
どうしたのと聞かれたら、今の状況をどう説明したらいいのか分からなくて。
しかし病気が悪ではなくて病気になってからどうするかの方が大事だと考えるようになり、病気である自分を少しずつ受け入れるようになりました。
それから自分ができることを努力していこうと思えるようになり、ほんとに少しずつですが行動しました。

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