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エミーナの朝(17)

記念旅行 6

 温泉旅行の当日となった。

 コーポ・マツリカに近い駅でナゴンと合流し、新幹線の駅で、コーちゃん、つまり義父の到着を待った。

 心配した低気圧が通過したばかりである。駅舎の窓から見える空は澄んでいた。

フォトスタジオ/エミーナ

 エミーナ「雨がひどくて心配したけど、大丈夫そうね!」

 ナゴン「書店の近くも道路が冠水した所があったけど、書店は免れたわ」

 エミーナ「亜未ちゃんの方は大丈夫かしら」

 ナゴン「今朝、『亜未も何ともなかったよ』ってメッセージがあったわ」

 エミーナ「それは良かった。ところで亜未ちゃんは、大学で何の勉強してるの?」

 ナゴン「認知情報学とか言ってた。AI関連みたい」

 エミーナ「あらー、すごい。リケジョだったのね。経済学部なら色々聞けたのに、理系では、わたしには何にも分からないわね」

 話をしている内に、発車までの時刻は迫っている。ヤキモキするうちに、義父がやって来た。

 ここからの切符は義父が持っている。あわてて義父から切符をもらい、ホームに昇って車両に乗り込んだ。

 切符にしたがって座ると、なんと、二人席にナゴンと義父、その前の席の片方にわたしが座ることになった。

 三人席にすればいいものを、これは作為的?
 だからナゴンが義父に文句を言いそうになった。

 わたしは慌てて、ナゴンをデッキまで連れ出した。

 エミーナ「だめよ、ナーチン。お父様に抗議してはだめ。お願い、ここは、お父様とは仲良くして!」

 ナゴン「でも、エミリンが一人じゃ申し訳なくて」

 エミーナ「わたしとナーチンの旅行じゃないわ。ナーチンとお父様がメインで、わたしはサブよ。ここは、お父様の気持ちを素直に受け取ってあげて! ナーチンはお父様を好きなんでしょ?」

 ナゴン「そりゃ、好きよ……、じゃ、エミリン、ごめんね」

 そう言って、ナゴンは義父の隣に戻っていった。

 わたしは二人の前の席で、知らない人の隣に座ることになった。

 と言っても、わたしに話し相手がいないわけではない。わたしの中の夫が相手である。

 わたしは「ここは、お父様に譲らなくては」と頭の中でつぶやいた。

 夫「賢明だね。コーちゃんを一人にしたら、途中下車しちゃうよ」

 エミーナ「ふふふ、あなたまで、お父様をコーちゃんって呼ぶのね」

 夫「愛着を感じるための努力ってことで」

 エミーナ「離婚して一人で暮らすのは、男女いずれも大変よね。わたしは一応、あなたが常に居るから、寂しくはないけど……」

 夫「あれ、しおらしいことを言うね」

 エミーナ「勿論、生身のあなたがいれば最高。でも、わたしの場合、別人格のあなたと気持ちのコンタクトがある。一人なのに人間関係がある」

 夫「ぼくが君の中にいられるのも、それが理由だね」

 エミーナ「そう思うわ。いい関係があるから落ち着いた心で暮らせるのかも」

 こんな話を頭の中でしていたら、隣の乗客が横目で、焦点の合わない目をしているわたしを見て、気持ち悪そうな表情をしていた。

 あわてて眠ったふりをした。そして目が覚めたようにして、後ろの座席を振り返った。

 ナゴンは、嬉しそうな表情で、頭を義父の肩に預けて目を閉じていた。

 わたしと義父と目があった。義父は照れたようにして、窓側に向いてしまった。よく見ると二人は手を握り合っていた。

 ホッとして、わたしは前を向いて思った。

 当然、ナゴンは義父と二人だけで旅行に来たかったんだわ。義父がしつこいからではなく、恥ずかしさが一番の理由で、わたしを誘ったのね。

 ナゴンでも恥ずかしいと思うんだ。義父と二人だけが恥ずかしいなら、どこまでも一緒に行ってあげるわよ。義父とは仲良くしてね。

 新幹線を乗り換えて、在来線の急行に乗った。今度は向かい合わせの席である。窓際がわたし、その向かいがナゴン、その隣が義父、わたしの隣は手持ちのカバンである。

 電車は景色の良い海岸沿いを走り始めた。時々、トンネルを通る。そのたびに義父はナゴンの手を握ろうとするが、ナゴンに避けられる。

 男はしょうがないわねぇ。義理の娘の前ですよ。もう少し控えたらどうなのよ、と思っている内に、目的の駅に到着した。

 ここからはタクシーで田舎道を通って、山あいを越え、漁港の堤防沿いを走り、海が見晴らせる高台の旅館に着いた。

 ナゴンが強く主張して、義父は一人部屋で、わたしはナゴンと一緒の部屋となった。

 残念そうな義父と分かれて、二人の部屋に入った。部屋からは広く穏やかな湾が目の前に見え、その湾越しに遠く半島の山並みが見える。

 まずは湾が見晴らせる大浴場へ向かい、ナゴンと温泉に浸かって汗を流した。

 少し太陽が傾き始めたところである。南向きの大浴場は全面ガラス張りで日が差し込んでいる。太陽を反射した海面からも天井に光が入り、浴場全体がまぶしい。

 湾には、近くをフェリーが航行し、遠く離れた海面を大型の運搬船がゆっくりと移動している。

 二人とも目を細めながら景色を見ていた。

 ナゴン「付き合わせちゃって、ごめんね」

 エミーナ「いいのよ。わたしも温泉は久しぶりだし、来てよかったって思ってる」

 ナゴン「ありがとう。夜は美味しいもの沢山食べようねっ!」

 エミーナ「それよりも、ナーチン、お父様にもっとサービスしなさいよっ!」

 ナゴン「ん、もう〜、恥ずかしい〜、エミリンのいじわる〜う」と急に色っぽい声を出した。

 なるほどねぇ。ナゴンが義父にナンパされたと言うよりも、この色っぽい魔性の声に、義父は落とされたと考えたほうが正解なのかも、と思った。

 更に想像してしまった。もしわたしの夫が生きていたら、わたしが以前勘違いしたように、夫が魔性の女ナゴンに魅了されて、やばいことになっていたかも知れない。

 だけど、夫が元気でいたら、わたしはナゴンとは出会うことはなく、わたし自身も心の持ち方が違っていただろう。

 夕食は、二人の部屋に義父も加わって豪華な海鮮料理を楽しんだ。

 アワビの茶碗蒸し、ぶりの照焼、あじの南蛮漬け、真鯛の御造り、ウニクラゲ、イカ素麺、海ブドウ、イクラの軍艦巻き、大トロの鉄火巻き、伊勢海老の御造り、ハマグリのお吸い物、最後にウニ入お茶漬け、地酒もおいしい。

 ホロ酔いのナゴンが最近のポップスを歌いだし、わたしもつられて歌った。義父が踊りだし、ナゴンとわたしは手拍子取りながらキャーキャーと大笑い。仲居さんたちも含み笑い。

 仲居さんたちは、わたしたちの組み合わせをどう思っているんだろう。怪しげな仙人が山から里に下りてきて、美魔女二人と宴会してると見えるかも。

 仲居さんから今夜は打ち上げ花火があると聞いていたので、食事後、海岸まで降りて花火を見ることにした。

 義父は動きたくなさそうで、部屋から花火を見ることになった。

 浴衣姿でナゴンと二人で海岸に出た。

夕暮れの浜辺でのんびりと/こころ

 沢山の観光客が見に来ている。堤防のステップにナゴンと並んで腰かけた。

 後ろを振り返ると、旅館の部屋の窓から、手を振る義父の姿が見えた。ナゴンもわたしも手を振って「コーちゃーーーん」と呼びかけて笑い転げた。

(エミーナの朝18へつづく)

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