細かな取り組みが教育を底上げする?近大の「海外バーチャル留学体験」から感じる、アフターコロナの大学教育。
新型コロナウイルスによって急速に広まったオンライン教育が、大学教育にどのような影響を与えるかは、大学関係者でなくても興味深いテーマだと思います。今回、見つけた近畿大学の取り組みは、そんな少し先の大学を感じさせる取り組みです。こういう取り組みが増えていき、何年か先に、コロナは大変だったけど結果的に良かったこともあったよね、なんて笑いあえるとすごく素敵です。
どうでしょうか。この取り組みは端的にいってしまうと、Zoomを使った海外の研究室訪問です。リリースにある「海外バーチャル留学体験」というのは、やや盛った表現なようにも思います。でも、合計約160人が日本にいながら海外の研究室をリアルに体験できるわけですから、非常に意義深い取り組みであることには違いありません。さらにいうと、これを理系でやっているということがミソだと思うのです。
というのも、理系の日本人留学生は文系に比べると圧倒的に少ないんですね。「日本人学生留学状況調査」によると、文系で最も日本人留学生が多い社会科学系は留学生全体の57.1%を占めていますが、理系で最も多い工学系の構成比は8.2%、この差は歴然です。
「2019年度日本人学生留学状況調査結果」(日本学生支援機構調べ)より
思うに、文系の学生であれば、国際系や語学系を中心に、もとから海外に興味を持つ学生がたくさんいます。理系にもいるにはいると思うのですが、少なくとも理系に進学している段階で、一番学びたいことが国際関係や語学ではない、ということは明白です。さらにいうと、理系は文系に比べて何かと忙しく、研究室配属後に留学したいと思っても、その気持ちを育む時間も余裕もないという人が大半なのではないでしょうか。
今回の近大の取り組みは、こういった留学に対して意識がいきにくい工学系の学生の興味を刺激する方法として、とても効果的なように思いました。現地の研究室をリアルに体験できることはもちろんですが、授業のなかでやっているところがポイントです。だって先ほど書いたように、理系の学生は忙しいし、留学への関心が比較的薄い。そうであれば、授業外にこういった催しがあっても、なかなか足を運ばないですよね。
今まで食べようともしなかったものの美味しさを伝える方法として、強引にでもひとさじ口に入れる、しかも最も美味しさがわかるところを放り込むというのは、そんなに悪いやり方じゃないように思います。今回の理系学生に留学の魅力を伝える方法は、まさにこれじゃないでしょうか。
コロナ以前であれば、こういった取り組みを実現するには、それなりの手間がかかりました。しかし、今であれば、ネットにつながったパソコンがそれぞれの拠点にあれば、それでことが足ります。これは技術面だけでなく、私たちの意識がそういったことは可能であり容易だと認識したからこそできることです。理解ができていないと、発想自体がまず生まれません。
コロナ禍のオンライン教育の急激な発達によって、何かしら画期的な教育プログラムが生まれるのではないかという期待がありますし、予感もあります。でも実際は、今回の近大の取り組みのように、小さなアイデアが細かくいろんなところで実現し、大学教育をじわじわ底上げしていくということの方が多いような気がします。そして、そっちの方が多くの学生に恩恵が行き渡り、目に見えにくいけど意義深いのではないでしょうか。何年か先、今回の近大のような取り組みがプレスリリースとしての価値を持たないような教育環境が生まれていると、すごくいいように思うのです。