#53 消えた新入社員
「3日前に入社した新入社員の●●君、今日付で退社したから、社内報から削除しておいて」
それはかなり昔の春の日のこと。
印刷会社で社内報の編集を担当していた私は、4月号編集作業の最終段階に入っていました。
4月号の特集は、なんといっても新入社員紹介。
4月1日の入社式を取材して、社長挨拶を書き起こして原稿を作成。あとは撮影した入社式の写真数カットをデザイナーに渡し、事前にほぼレイアウトが済んでいるページに入れてもらえば完成。
その後、すぐにデータを工場に入稿すれば今月の工程は終了、となるはずでした。
入社式が終了して3日後。
激務の年度末繁忙期をどうにか乗り越えて、すこしほっとした空気の流れる社内。そんな空気をぶち破ったのが、人事課長からの一本の内線電話だったのです。
えっと、たしか新入社員たちは1日に入社式をして、その翌日から自社の保養所でカメムシと戦いつつの2泊3日の合宿。そこで印刷の基本をたたき込まれ、最終日に配属部署が告知されるんでしたよね?
「新入社員が入社式から3日後に退社って、一体何があったんだ?」
そんな疑念がわくものの、工場へのデータ入稿までにはもう時間がない。
そこで慌てて隣のデザイン部署に駆け込み、デザイン担当者に紙面のレイアウト変更を指示。
個人のプロフィール紹介のページは、該当者を削除して、空いたスペースにフリー素材のイラストなどを載せておけばいいから、まだいい。
問題は特集の扉。
今年に限って、「明日へジャンプ」とかいって、新入社員全員が肩を組んでジャンプしている躍動感あふれる写真を全面に配置したデザインだったんですから。
今から写真を撮り直したり、新しいデザインを起こしたりしている時間はない。そうなると残る手段は、
「お願い!●●君を消して!」
経験も技術も何も持ち合わせていない若年ディレクターの必殺技。それはデザイナーへの拝み倒し&泣き落とし。
「いや、でも、この写真で一人だけ消すと、かなり不自然なことになるんだけど」
戸惑うデザイナーさんをしり目に、
「いや、不自然でもなんでもいいから、とにかく存在を消してください!」
と、はた目からはかなり物騒な押問答を繰り返したあげく、デザイナーさんの神業にて無事に抹殺に成功。そのままデータを持って隣の工場部門に駆け込み、どうにか4月号は無事に発行されたのでした。
あのとき、入社式と合宿だけで退社を決めたAくん。一体3日間で何があったのか。そして、その後どういう人生を歩んでいったのか。彼が今どこかで幸せに生きていてくれることを願う今日このごろです。