プロポーズごっこ

キャプテンがレジに並んでいると、一緒に買い出しに来ていた美弥花が小走りで売り場から戻ってきた。

「じゃんっ!見て、ほっけチップスだって!これも買っていい?」

「よくあったなそんなの。いいよ」

「わーい!ありがとうキャプテン!」

店を出る頃にはもう日が落ちていた。

「暗くなるの早くなったね」

二人して両手一杯に荷物を持ち帰路に着く様子は何かを思わせる。美弥花が口を開いた。

「なんだか、もうずっとキャプテンといっしょにいる気がするね」

「そんなに経ってないはずなのにな」

「知らない人には私たちのこと、どう見えるかな?」

「さあ、カップルか何かに見えるかもな」

思惑通りの言葉を引き出して美弥花はうれしそうに笑った。そのことにキャプテンは気づいてなかった。

「一年早かったねー。すぐ年末になっちゃいそう」

「今年も実家には帰らないのか」

「うん。やっぱりいつ戦いになるかわからないし。でもみんな一緒だからさみしくないよ」

そう言って見せる美弥花の笑顔が強がりでないことをキャプテンは知っていた。

「そうか……」

キャプテンの胸中にあるものは、美弥花たちの心身の安全ばかりだった。そのために、彼女らが自分へ向けるある種の感情の機微をいつも拾えずにいた。

「みんなとはだんだん家族みたいになっていくね」

「家族……」

キャプテンは少し黙り、やがて言った。

「なるか、家族」

「えっ?」

「結婚しよう美弥花」

時が止まったようだった。理解と返答には時間を要したが、平静までは取り戻せなかった。

「ふふふ、ふつつかな娘ですがよろしくお願いします!?」

「ははっ、冗談だよ」

「冗談……」

キャプテンに悪気がないだろうことは美弥花にもわかっていたが、それは余計に彼女を怒らせた。顔が紅潮していく。

「もーっ!キャプテン!!そういう冗談、一番言っちゃいけないんだからね!!乙女なんだぞー!」

「知らないっ」

キャプテンを置いて美弥花は早足で先に行ってしまった。予想外に怒らせてしまったのでキャプテンもさすがに少し慌てた。

「おーい、待てよ美弥花。悪かったよ」

足を止め美弥花はゆっくり振り向いた。むくれ面でキャプテンを睨んでいる。

「反省してるのー?」

「すまなかった、ごめん」

「キャプテンってさ、やっぱりデリカシーがちょっと足りないよね。よくない」

「気をつけるよ」

ふたりはまた並んで歩き出したが、それは長くは続かなかった。キャプテンが余計なことに気づいてしまったからだ。

「さっきのアレ、もし冗談じゃなかったら受けてたのか?」

美弥花はもはや開いた口がふさがらなかった。その髪と同じくらい顔が赤くなった。

「知らない!知らない!知らない!!もーっ、ほんとそういうところだからねっ!キャプテンのばかっ!!」

美弥花はついに追いつけない速さで走り出してしまった。

「待てよ美弥花、一緒に帰ろうぜ」

「ついてこないでー!」

「無茶言うなよ」


翌朝──、ラウンジで書類を整理するキャプテンの前に若菜がやってきた。険しい顔をしている。

「聞きましたよキャプテン。美弥花にひどい冗談、言ったみたいじゃないですか」

「やっぱり若菜には伝わっちゃうのか」

キャプテンはたじろいだ。

「だめじゃないですか。美弥花、かなり怒ってましたよ。また後でちゃんと謝った方がいいですよ」

「そうするよ……」

弱々しい返事だった。

キャプテンに言うべきことを言い切った若菜だったが、どこか様子がおかしかった。ためらいの色を浮かべながら、ついに切り出した。

「キャプテン、その、私には冗談、言ってくれないんですか」

「えっ、いや、今そういうのやめようって話だったんじゃ」

「練習!そう練習です!」

「練習?」

「わ、私だって、いつか素敵な方にプロポーズされる日がくるかもしれないじゃないですか。だからその練習です!」

「はあ、まあ、若菜がそう言うなら」

若菜の心配性を理解していたからか、美弥花への罪悪感か、キャプテンは釈然としないながらもその提案を受けた。

ソファから立ち上がり若菜に近寄ると、キャプテンは若菜の手を取った。予定にないその行動に若菜は動揺した。

(えっ?えっ?)

「若菜!」

「はっ、はい!」

キャプテンの表情は真剣そのものだった。

「ずっと言おうと思っていたことがあるんだ。聞いてくれ」

若菜は既に練習であることを忘れかけていた。鼓動が早まる。

「結婚しよう」

「はい……!」

若菜は恍惚の表情を浮かべていた。対照的にキャプテンはやや困惑していた。

「あの、若菜?」

瞬間、若菜は我に返った。

「れ、練習に付き合ってくれてありがとうございました。でもキャプテン、結婚なんて軽々しく言っちゃだめですからね。それでは!」

立ち去る若菜を見送ったキャプテンは反省していた。

(よくない遊びだ。封印しよう)

一方若菜は──、

(あんなの聞いてない、あんなの聞いてない)

その後しばらく、密かにキャプテンに「練習」を申し込むオルタナが増えたらしい。



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