母を看取りたい#20

さようなら としちゃん

今朝、いつもと同じ6時にアラームで起きた。
スマホを見ると2時から弟、父から何度もLINEやで着信があった。
弟からのLINEの内容は
2時に帰宅して、としちゃんに何か食べるかと声をかけたら食べたいと言ったので、りんごなどを準備して部屋に戻ると
「食べたくない」と言い、「あぁ困ったなぁ」と言い次第に呻き声をあげ始めたそうだ。
弟は訪問看護師を呼び、看護師は医師の指示のもと痛み止めの坐薬を入れた。
その後すぐに医師も診察に来て、医療麻薬を注入してくれた。
直ぐには効かなかったそうで、麻薬ポンプで何度か早送りし注入したそうだ。
としちゃんの手足の抹消は紫で冷たく、体温も下がっていた。
としちゃんは困ったなぁと言いながら両手を擦り合わせていたそうなので体が冷たくなっているのを感じていたのだろう。

私は6時に起き、父に電話してすぐに家をでた。
「としちゃん、お母さん、待ってて」そんなことを口走りながら自転車を漕いだ。

6時半ごろ実家に着いた。
としちゃんは顔を歪め、ものすごい唸り声をあげ続け、時折身をよじり苦しんでいた。
お母さん、お母さんと呼びながらとしちゃんの手や足を父とさすった。
1時間以上そんな事をしていて
麻薬ポンプがあるのに気がついた。
弟は5時に父と代わり寝ていたので、この時点でスイッチを押していいのかわからなかったんだけど、
としちゃんも次第に呻き声をあげなくなった。

8時半に訪問看護の所長さんから連絡があり、医師が何か置いていってないか聞かれて麻薬ポンプがある事を伝えた。
その後、確認に行きたいと言われ来てもらって使い方を教えてもらった。

その頃はとしちゃんも、時折歯軋りしていたけども、そんなに唸らなくなっていた。

看護師さんが帰ったあと
私はコーヒーメーカーにコーヒーをセットして、としちゃんの顔と手足を拭こうと
洗面器にお湯とタオルを入れて持っていった。

としちゃんに話しかけて
暖かいタオルで顔を拭いた。
呼吸はしていたが、なんだか下顎を突き出すような呼吸だった。
顔を拭いて左手を拭いた。
拭きながら、呼吸が少ないんじゃないかと思った。顔もなんだか白いように感じた。

右手を拭いた。拭きながらとしちゃんの顔を見ると、さっきまで下顎を突き出すような呼吸だったのにそれがなかった。

お母さん、と呼びながら鼻と口に手を当ててみた。息を感じない。
口に耳を近づけてみた。呼吸音が聞こえない。
手首を触った。脈が取れない。
頸動脈を触っても何も触れない。

父を呼んだ。「お父さん。お母さん呼吸してない」
父が大声でとしちゃんの名前を呼びながら体をゆすった。
弟を起こした。

訪問看護ステーションに電話し「なんだか母が呼吸してないみたいで」と伝えた。

としちゃんの顔は見る見る間に血の気がなくなった。
だけど、手も顔も、まだ体温を感じた。

医師が1時間後くらいに来て、死亡確定してくれた。肝臓からドレーンを抜き、縫ってくれた。

看護師さんと、家族でとしちゃんの体を拭いた。としちゃんの下着を変え、あまり着ることはなかったけど、素敵なニットがあったので着せてもらった。
髪を整えたとしちゃんは苦しんで身悶えた時の顔と違って、穏やかで眉間の皺もなかった。

私たちに何も言わずに行ってしまった。

医師から、肝膿瘍や癌の痛みという感じではない、だけど急激に何かが起こったのでしょうと言われた。

私たちもそう思っている。

としちゃんの、身の置きどころのない体の捩り方は、多分 体の機能が失われていく苦しみだったのだと思う。

この2日くらいでとしちゃんの食事、飲水量が劇的に減っていた。
昨晩は1時間に1回声をかけるとお茶を一口飲み「もういいわ、ありがとう」と言ってくれた。
夜の22:30にオムツを変えた時は排尿があった。
23時過ぎに帰る時は「おやすみなさい。ありがとう。」と言ってくれた。

昨夜としちゃんは寒いと言っていた。
エアコンつけて帰れば良かった。
なんで泊まらなかったんだろう。
だって明日がまたあると思っていたから。
思い返すと、あぁしてやれば良かったとかそんな事ばかり頭に浮かぶ。

死は待ってくれないんだ。
私は呼吸が止まったとしちゃんに
「早すぎる」と何度も言った。

葬儀屋さんを手配し
お通夜まで自宅に安置する事にした。
時間が経つごとにとしちゃんの顔は穏やかになっている気がした。

まだとしちゃんが亡くなった実感がない。
葬儀の手配をし、親戚や保険会社に電話をかけ、電話を受け 電話責めの日だった。

明日は納棺してもらう。

自宅で安置で良かった。
まだ、としちゃんと居られる。

夕方、僧侶が来て枕経を上げてくれた。

私はまだ、としちゃんとお別れする準備ができていないのに
としちゃんは行ってしまった。

自宅に帰る前に
としちゃんの髪を撫で、ありがとうと伝えた。

お母さん
私たちは大事に育ててもらったよ。ありがとう。
お母さんの子供に生まれて幸せでした。
お母さん、大好きよ。

明日も会いに来るからね。

としちゃんと過ごしたこの1か月半、幸せな日々でした。


いいなと思ったら応援しよう!