不思議な老人からの教え その① オファーは後出しにしろ
山根さんは、僕のことを気に入ってくれたようでした。
僕も、ハワイに来てまだ数年、知人も多くはいなかった事で
日本人の知人が一人増えたという嬉しさがありました。
山根さんと一緒にいる時は、何もストレスがなく過ごせて
楽しかったからです。
初めに、ワイキキヨットクラブで待ち合わせてヨットに乗ってから
たまにランチに行ったり、フリーマーケットに行ったり。
ずいぶん仲良くなりました。
ヨットに乗る時はいつも、掃除から始まって
エンジン点検、シート類の点検、救命具の点検
水や食料の点検をして、ゆっくりとクラブの停泊場所から海へ出ていきます。
いつもコースは決まっていました。
沖に真っ直ぐに出て行き、海岸線が見えなくなった頃に、進路を東に取ります。
日本で言う、鳥舵をとります。
そして、ダイアモンドヘッド沖まで進み、30分ほどそこでエンジンを切り
錨を鎮めて停泊します。
停泊中、デッキで、ブルーのクーラーボックスに入れて持ってきた
冷たいBeerを二人で飲んで、話をします。
山根さんは、無口な方なので、僕が何か話しかけても
一言返事をするくらいの会話にしかなりませんでした。
でも、彼は、何か思い立ったり、話したい気分?になった時などは
山根さんの方から僕に色々と話しかけて楽しそうにおしゃべりをしてきます。
そんな時は、チャンス!と思って僕も会話を引き伸ばして
できるだけ、たくさん話をしました。
山根さんは、Coors というBeerが好きで
いつもCoorsを持ってきていました。僕はアメリカの薄いBeerは美味しいと思わないので、ヨットに乗りにいく時は、自分でABCストアに行って
サッポロビールを6本買って行ってました。
ある日、ヨットに乗って沖に出て二人でBeerを飲んで話している時に
山根さんがいいました。
「今日は、セイリングが終わった後、うちに遊びに来てみるかい?」と。
僕は、「あ、良いんですか?」「はい、ではついて行きますので。」
とシンプルに答えたのでした。
山根さんと会い出してから、1ヶ月?か2ヶ月経ち、回数で言えば10数回あった頃の事でした。
僕は初めて、山根さんの家に招待されたのでした。
僕は、元々の性格なのですが、人に対して関心はあるのですが
根掘り葉掘り、相手のことを聞かないんです。
例えば、奥さんはいるのか?とか、何歳?とか、どんな仕事をしているのかとか。
別に、それを聞いたところで、どんなんでしょうか、という考えなので。
それよりも、相手を心の目で見て判断する洞察力の方がよっぽど重要だと思っています。
山根さんに関しても、全くと言うほどバックグラウンドを知りませんでした。何かの商売をしていて、引退して時間を持て余しているお爺さん?かなと想像していた程度で、実際のところは、正体が不明でした。
ヨットから降りて、ワイキキヨットクラブのクラブルームでシャワーを浴びて、BARで、アイスTEAを飲んでちょっとくつろいでから、帰宅することにしました。
山根さんの家にお邪魔することになったので、彼の少しサビが出てきている
VWの後に付いて高速道路H1 を西に走って行きます。
前のVWを追いながら、運転している時に、僕はいろいろなことを想像していました。
山根さんは、家に遊びにきなよ。と言ってくれたのは良いけど、もしかしたら、彼はゲイで、僕に酒を飲ませて、迫ってくるのでは??とか
それか、どこかで車を停めて、VWから降りて拳銃を突きつけられて
金を要求されるのでは??とか。
要するに、彼のバックグラウンドを全く知らなかった為に、色々と
頭の中で、ぐるぐるといろいろな考えが渦巻いてしまっていたのでした。
まだそこまで親しくなく、それくらい疑ってかかるような、間柄でした。
もし、犯罪に巻き込まれそうになった場合、その時はその時。と
覚悟をして、テイキリイーズイー!!なんて自分に言い聞かせながら
VWの後ろを走って行っていました。
H1からノース方向に分岐した道を進み、時間にして、40分ほど走ったところにカネオヘという街があります。静かで小さな街です。
人口は、それほど多くはありません。
山根さんの家は、そのカネオヘの山の上に建つ一軒家でした。
山根さんは、車の中からリモコンでガレージのシャッターを操作して開け
VWを慣れたハンドル操作で、さっと入れ込みました。
僕は、ガレージの前の庭に車を停めました。
もう夕方で暗くなりかけているのですが、窓から見える家の中は暗く
人の気配はありませんでした。
自分で感じたことを一つ一つ、山根さんの情報として積み上げて行っている自分がいました。
山根さんは、もしかして一人暮らしか?それとも奥さんと別居か?それとも奥さんは買い物に出かけているのか?
奥さんは旅行中か?
まあそのうちわかることでしょう、と自分の頭の中で思っていました。
山根さんは、VWを車庫にしまうと、シャッターをすぐに下ろして閉めてしまい、そして一旦車庫から宅内に入り、中から玄関ドアを開けてくれました。僕は、お邪魔しますと言って、慎重に、恐る恐る家の中に入って行きました。
家の作りは、前面道路からはあまり建物が大きく見えないデザイン(後から聞いたのですが、泥棒に入られにくい)で、玄関とガレージしか無いような家に見えましたが、中に入った僕は、一気に目が覚めたようにびっくりしたのでした。
玄関を入って正面に大きな壁があって、その壁は左右どちらからでも裏側(リビング)に周れるようになっています。僕は無意識で壁の左側から向こう側に出てリビングに足を踏み入れた時、カネオヘ湾が一望できるパノラマVIewに息を飲みました。
「スッゲー!山根さん!こんな景色の良い家に住んでるんですか!!」
僕は、リビングの突き当たりにある全面窓を開けて、裏庭に出ました。
裏庭は、散歩コースのようになっていて、遊歩道や、ちょっとした屋根付きのデンがあって、そこで景色を見ながら食事をしたり、朝、コーヒーを飲んだり出来ます。
裏庭から振り返って、家を見上げると、お城のような家でした。
度肝を抜かれました。
ああ、この人は、金持ちなんだ。。と、改めて思いました。
山根さんは、家の中にたくさんある部屋を、一つ一つ案内してくれました。
そして、最後に案内して入れた部屋は、ちょうどガレージに面していて
窓から外を見ると前面道路が見える部屋です。景色は良く無いですが、すごく広くて明るい部屋でした。
もしかしたら、お手伝いさん用の部屋だったのかもしれません。
山根さんは、僕に、「この部屋に住んで、家を管理してもらえないか?」といきなり言ってきたんです。
その頃僕が住んでいたワイキキのコンドミニアムは狭いワンルームで洗濯機も乾燥機もなく、キッチンも卓上コンロみたいな感じで、寝るだけなので我慢。という部屋だったので、僕は、こんな大邸宅に住めるなんて、最高だ!と喜んだのですが、ふと冷静に考えました。問題がいくつかあります。
まず、家賃。そして、管理してくれというのは、どういう意味なんだろう?ということ。
今住んでいるコンドミニアムは、ワイキキ中心部で、会社にも近いから便利ですが、もしこのカネオヘに住むとなったら、ワイキキまで車で余裕を持って1時間は見なければいけないぞ。。という問題。
あと、周りの環境。今の家は一歩外に出れば、カフェやレストラン、ブランドブテイック、なんでもある街中ですが、このカネオヘに住む場合は、山の中で暮らす仙人生活のようになるな、、という不安。
今2024年の家賃相場で言えば、あのカネオヘの家は、どうでしょう、、、月家賃で$10,000 もっとかな、$15,000 くらいは間違いなくするでしょう。
何十年も前の話なので、それでも、$3,000 前後はしたでしょう。
僕は、すぐには決めきれなかったけど念の為に、家賃はいくらですか?と
山根さんに聞いてみました。
そうしたら、山根さんは、「家賃は、そっちから額を言ってくれ」というのです。
え?「ここに住んで」、とそっちから提案してきたのに、金額を決めてないの?と思いましたので、大体いくらで考えていますか?と、再度聞いたんです。
それでも、彼は、「どういう額を払いたいのか、決めて今度会うときに教えてもらえたら良い。」と、一向に値段を出してこないんです。
大邸宅ツアーを終え、丁寧に挨拶をして僕はワイキキに戻りました。
そして1週間が経ちました。
山根さんと、Phoを食べましょうか?と一緒にランチに行った時に
僕は山根さんの家に住むことを、すでに決めていました。何も追っかけていなかった物が急に目の前に転がり込んで来たような、そういう話は、昔から無条件で乗る性格だからです。
ただし、まだ金額だけは決められずにいました。
そして、Phoを食べながら、山根さんは、家はどうする?と聞いてきたので
「お願いします!」と僕は返事をしました。「家賃はいくらにしましょうか?」と再度聞くと、山根さんは、「そっちから言ってくれ」と。
「月$500」でどうでしょうか?と僕は言いました。
現在のコンドミニアムより、少し高い家賃になりますが、それでも仕事を頑張っていれば、問題なく払える金額なので、$500 と言いました。
山根さんが、なんと言ってくるか?ちょっと心配でしたが、案外あっさりと、「いいよ」と言ってきたんです。僕はその瞬間、あああ、$400とか$350って言っておけばよかったな!!!失敗したー!という気持ちになりました。
果たして、山根さんの腹の中には、いくらで貸そうと思っていたのか。結局何十年経った今も不明のままです。
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表題は、「老人からの教え」 と書きましたが、正しくは
「ある老人と接している時間に僕が感じ取った事=教え」 です。
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本当は山根さんの腹は、「$800 くらいで考えていたが、金の無い若い奴が可哀想だから、$500でいいや。」と思ったのか。
または、「$300 くらいで考えていたものの、相手が$500 というものですから、しめしめ!」と、すぐにOKしたのか?
はたまた、、「家の管理をさせる代わりに無料で住まわせようと考えていたのに、向こう(僕のこと)から家賃を支払うと言ってきた」ので、山根さんは、そのままOKして、結果、彼は儲かった。ということか?
その後、長い間 山根さんにお世話になるのですが、「金が無いから可哀想。」という発想は彼の頭には絶対に全く無い事がわかりました。
僕は、フェアであったかもしれないが、損をしたかもしれません。
ということは、結局、山根さんの思い通りに成ったということは間違いありません。
山根さんは、フェアであったかもしれませんが、大儲けをしているかもしれないからです。
メイドを雇って、給料を払いながら無料で部屋に住まわせて、家の管理をさせるという事は、大きな家を持つ金持ちたちの生活の中には、結構一般的にある事が、後日分かりました。
していました。
今も