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不思議な老人からの電話

山根さんと出会って3週間ほど経ったある日、僕が勤めるゴルフツアーの会社に1本の電話がありました。それはツアーの依頼では無く、僕宛に。という事でマネージャーから電話を替わると電話の向こうから「山根です」とちょっと掠れてはいるが力強い声で話しかけてきました。
僕は一瞬誰だか分かりませんでしたが、1、2分話をしているうちに、ああ
あの時の。あの山根さんか!と思い出しました。

あまり余計な話をしない山根さんが、いきなり誘ってきました。
「今度の日曜日の朝、船を出すから手伝って欲しい」と言うのです。
アラモアナビーチの東端にある、ワイキキヨットクラブに朝8時集合というので、特に予定がなかった為OKしました。
船を出すって言ったって、どんな大きさの船で、誰の船なのか?山根さんはあまり語らないので、まあ行くだけ行ってみようと思いました。

なぜ山根さんは、船を出す誘いを僕にしてきたかというと、今思えば、ゴルフツアーの送迎車の中で、雑談をしているときに山根さんとお互いヨットの趣味があって話が盛り上がっていたからでしょう。僕は大学時代にサークルでヨットに乗っていた事。そして鎌倉育ちなのでマリンスポーツは小さい頃から得意であったこと、小型船舶1級免許を持っていること、などを、その時に話したことを思い出しました。

日曜日の朝になり、待ち合わせのワイキキヨットクラブに行きました。
僕がその頃乗っていた車は、中古のダッチキャラバンという車です。ホノルルの中古車屋さんから3,500ドルで買いました。グリーンメタリックのちょっと古臭いミニバンです。
山根さんは、もうヨットクラブに来ていました。
クラブのゲートを内側から開けてもらい、ダッチキャラバンを駐車場に停めました。
ワイキキヨットクラブの駐車場は、思ったほど、それほど広くはありませんでした。それはそうでしょう、ゲートの外はアラモアナビーチパーク。何百代もの車を無料で駐車できる広い公園なのですから。

ワイキキヨットクラブは、ハワイでも名門のヨットクラブです。メンバーになるためには、とても審査が厳しく相当な資産がある事は勿論、ビジネスのバックグラウンドも審査基準にあります。
ヨットクラブの駐車場に車を停めた時、僕はなんとも言えない、ちょっとリッチになった気分?と言うのでしょうか、今まで味わったことがないステイタスのエリアに侵入した、という不思議な心持ちになったのでした。
しかし、何か違和感がありました。
違和感は、お金持ちのヨットクラブに来ているメンバーの方達の車を見た時です。
僕は、日曜日の朝、起きた時にいろいろと想像していました。華やかなヨットクラブの世界。きっとメンバーの人達の車は、マイバッハやベントレー、キャデラックエスカレード、Gクラスあたりだろうと想像していたからです。
しかし、ヨットクラブメンバー駐車場に、実際に停まっていた車は、トヨタタコマ、日産セントラ、スバルフォレスター、日本車でそれほど高級ではないものばかりでした。
僕は山根さんに挨拶をして、「山根さんの車はどこに停めましたか?」と聞きました。そうしたら山根さんは僕の車の3台右隣に停めてある古いVWのジェッタを指差し、「俺のはこれだよっ」と言いました。

山根さんは、ヨットクラブの管理人なのか?それとも知人のヨットをメンテナンスしている人なのか?いやまさか、山根さんがヨットのオーナー?
何が何だかわからない状態で、山根さんの後をついていくと、たくさん停泊しているヨットのちょうど真ん中あたりの桟橋に横付けしている大型クルーザーの前で立ち止まったんです。
セイルの付いた40フィートクラスのヨットです。
バウの両サイドには、" Jennifer ” と書かれていて
この船の名前が、日本風に言えば Jennifer号?Jennifer丸 という事は一目でわかりました。
山根さんは、桟橋から慣れた動作でヨットに乗り移り、僕にも来るようにと言いました。山根さんの後を追い、ヨットに乗り込むと、ハッチの鍵を開けて船室に案内してくれました。
船室は、リビングルームとキッチンとダイニングルームがありました。
奥にはベッドもありました。
トイレも勿論付いていて、トイレのドアが、高級な木材で製作されていることが一目でわかりました。

僕は思い切って聞いてみることにしました。
「山根さん、この船は、山根さんのですか?!」
山根さんは、「俺のだよ。あと2つあるけど売りに出してるところなんだよ。」

ヨレヨレのシャツを着ていて、古いフォルクスワーゲンに乗った爺さんに、僕がとても興味を持った瞬間でした。































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