【短編小説】私の家には怪物が住んでいる


私の家には怪物が住んでいる。
かれこれ10年くらい経つだろうか。
その怪物はいつの間にか現れ、一戸建ての2階にある私の隣の部屋を占拠した。

怪物は一言も発さない。
コミュニケーションが取れないので、仲良くなることも追い出すこともできない。
ただ、部屋でじっとする怪物と一定の距離を保つのみだ。たとえ同じ屋根の下だとしても。

怪物は人間にほとんど姿を見せない。
人間を避けているようだった。

怪物なら怪物らしく堂々とすればいいのに。
私はただ普通に生活しているだけだから避けられる理由がない。どっちが怪物なのかわかりもしない。

しかし、怪物は動かない割にしっかり食べ物を食べる。
母が食事を献上することもあれば、誰も家にいない時に冷蔵庫を漁る。
そのため、たまーに、というか頻繁に食べ物がなくなる。

それでも、私も、私たち家族もこの怪物を追い出すことができない。
それは、怪物が可愛い姿をしていた頃を知っているから。油断させられていた。
可愛い姿で敵を油断させ、パクりと相手を飲み込む、そんな生き物がいた気がする。

私も幼い頃は、怪物が1番の親友だった。

もしかしたら、これは怪物の計画なのかもしれない。いつかこの家を棲家にすることを狙っていたのかもしれない。
私たちが追い出せなくなることがわかった瞬間、怪物に進化したのかもしれない。

私は、いつまでも居座り続ける怪物が憎い。

部屋にいると、たまーに愉快な口笛が聴こえてくる。
怪物の安否を確認するとともに、私の腹の底からは憎悪の念が溢れる。

どこにも行きようのない真っ黒い泥水のようなこの感情は、イヤホンをし、激しいロックを聴くことで浄化させる。怪物の鼻歌を無かったことにする。

それでもどうしようもない時は、
甘いものを食べて自分の機嫌を直す。

そして私はキッチンに向かい、
1つ300円するアイスを食べるのに、準備万全の口にした。
上から二段目の冷凍庫を開ける。

…………ない。
なにもない。私が食べようと思って名前まで書いてあったアイスがない。

怪物の仕業としか思えなかった。

私は階段を駆け上り、これまでの怪物との沈黙を破るようにドア越しの怪物に話しかけた。

まずは、冷静に。
怪物が私のアイスを食べたかどうかの確認。
優しく。冷静に。刺激しないように。

だって相手は怪物だから。
何をするかわからないから。

しかし、怪物はうんともすんとも言わない。
愉快な鼻声も聞こえてない。

2回、3回、私は声をかける。
怪物は黙り続ける。
回を重ねるごとに私の口調は荒くなっていく。

私は諦めて自分の部屋に戻ろうとした。
その時、怪物の部屋から愉快な口笛が聞こえてきた。

私は全身から汗が噴き出て、足元から血が登っていく感覚を覚えた。
怒りに耐えられなくなったので、
人間と怪物との平和を保ってきた壁でもある扉を勢いよく開き、
今までの不平不満を怒鳴り散らかし、怪物へ謝罪を求めた。

怪物の姿を見るのは1年ぶりだった。
そこには、ほとんど私たち人間と変わらない女の姿があった。

だけど、確かに、
あの目は人間の目ではなく、
社会との関わりを断ち切り、狭いながらに自分の思うがままの世界を生きる、
自分勝手でわがままな怪物の目だったんだ。

同じ屋根の下に住みながらも、
1年ぶりに顔を合わす妹をゆっくりと見上げた姉は、
ただじっと、何も言わずに黙り込んだままだった。

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