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脇本平也『宗教学入門』を読む 第25回

第七章「宗教的人間観」

2「人間の二元的構造」
土の塵でありつつ、神の息である
肉体と霊魂

キリスト教だけでなく、さまざまな宗教においても、肉体と霊魂という考え方が共通してある。
肉体と霊魂が結合して人間は存在している。
多くの場合、肉体は穢れ、迷い、罪、死などが属するものと考えられ、神の赦しによって浄化され、禁欲的な苦行によって乗り越えられるべきものと考えられている。
霊魂が肉体に閉じ込められていて、そこからの解放が救済であったり再生であったりの目標、責務と短絡的に語られることも多い。
肉の人が死んで、霊の人に生まれ変わる、古き人が死んで、新しき人になる、というように出てくる(キリスト教)

二元論(精神と身体)は、肉体に対する態度・評価によって、霊と肉の関係について語られ方が異なる

霊魂に絶対的価値を置く→肉体は悪の根源
肉体を中立的なものとする見方もある
肉体を通じて霊魂を鍛える修行を考える場合もある

宗教によってとらえ方はさまざまである。

古代ギリシャのオルフェウス教(典型的な二元論)
崇拝の中心ザグレウス(ディオニュソスと同一視される)
ゼウスの子であるザグレウスは悪魔に捕らえられて、八つ裂きにされ、食べられる。
ゼウスは悪魔を電光雷火で焼き殺し、心臓を取り出す
残った灰からできたのが人間である

悪魔とザグレウスの灰が混ざっている→悪にもなるし、神にもなる
ザグレウスは悪魔の胃袋に閉じ込められていた→魂は肉体の牢獄に閉じ込められている
牢獄からの解放→オルフェウス教の目標(生きる意味、目的など)
カタルシス(魂の浄化、情の浄化)やオルギー(熱狂的な祭儀)などを通して、エクスタシー(忘我恍惚)の神秘体験を得る
霊魂と神の合一に到達する

肉体をここまで否定的にはみないまでも、基本的に、霊魂と肉体の関係は並立ではなく、従属関係にあることが多い。霊魂=優、肉体=劣。理想と現実のような二元的対立。
ここに、死(肉体的)→再生(霊的)という死生観につながっていく

死んで、本物になる。成人式の儀礼は、子供である自分が死んで、大人の自分に生まれ変わる

二元的対立を超えようとする場合もある。大乗仏教の空の思想。霊魂と肉体があるのではない、とする。ただし、迷と悟の二元的対立構造が見え隠れする。

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