見出し画像

全ては捉え方で決まる

どうも、ほたか(@hotaka_tajima)です。

よく「モノの見方で人生変わる」と聞きますが、最近はその言葉を実感することが多く、ここにまとめておこうと思います。

このnoteを書くにあたって参考にした本は「自分の小さな箱から脱出する方法」「嫌われる勇気」です。どちらも面白いので興味ある方はぜひ。

起きた事象は変わらないが、捉え方は自分次第

起きた事象って変えられないんですよね。また、これから起きる事象もコントロール可能なものはもちろんありますが、ほとんどはアンコントローラブルなものだったりします。

しかし、「モノの捉え方・見方は常に自分マター」なんです。これが一番の肝で、こうしてわざわざnoteで言語化しているのは、もう一度大切なことだと自分に言い聞かせたいからです。

よくある話でいうと水の話ですよね。水が半分入っているコップがあって、それをもう半分しかないと捉えるか、あと半分もあると捉えるか、事象は同じでも捉え方は異なります。また、ナチス強制収容所での体験もあるオーストリアの心理学者ヴィクトール・フランクルもこんなことを言っています。

刺激と反応の間には空間がある。その空間に、自分の対応を選ぶ力がある。その対応の中に、自分の成長と自由がある

この事象→捉える(自己解釈する)の連続が人生だとすると、捉え方を変えるだけで人生が変わる、というのも頷けてくるのです。

自分の「箱」= 自己欺瞞の世界を認識する

自分が読んできた本の中でも特に感銘を受けたものに「自分の小さな箱から脱出する方法」という本があります。この本は捉え方を考える上で非常に参考になると個人的には思っているため、ここにザッと要約しておきます。

「箱」とは何か
・「箱」とは自己欺瞞の世界のこと

「箱」に入るタイミング
・自分への裏切りをしたときに「箱」に入る
・自分への裏切り = 自分が他の人のためにすべだと感じたことに背く行動

「箱」に入ってしまうと、
・周りの世界を自分への裏切りを正当化する視点で見るようになる(=自分に都合のいい考え方)
・相手の欠点を探し正当化の理由として結びつけ”相手が悪い”と思うように
・時が経つにつれ「箱」の中にいるときが自分の性格になってしまう
・自分が箱の中にいることで相手も箱の中に入れてしまう

「箱」に入ってしまうと具体的に起こること
・自分が優秀だと評判を得たい、良い評判を維持したい、と自分に気持ちが向いてしまい、結果に集中できない
・自分以外の人間が無能に見える
・同僚も成果をあげることに集中できなくなり、部署の間に対立が生まれれ、結果として組織は成功できない

「箱」から脱するには
・一人の人間として相手と向き合う
・自分が取る行動ではなく、相手が”どう感じたか”に焦点を当てる
・自分の感情に背くのをやめて相手に抵抗するのをやめる
・相手の間違った点に注目せず、どうすればその人に手を貸せるかを考える
・ひょっとしたら自分が間違っている(=「箱」の中に入っている)かもしれないと考える

「箱」から脱することに関する注意点・勘違いしやすい点
・考え方・接し方が変わるだけで、しなければならない義務は増えない
・「箱」の中にいるときの方がしなければならないことはむしろ多い
・なすべきこと全てはできない、自分が他の人に対してなすべきだと感じる、その感覚を尊重する
・他の人々が手を貸してくれるかどうかを気にしてはいけない、あくまでも自分が力を貸せているのか

この本でいう「箱」も要は捉え方なんですよね。上司から厳し目のフィードバックを受けたときに素直に受け止め修正できるのか、いや自分が正しいんだと頑なに受け入れず現状維持なのか。同僚を仲間とみて協働できるのか、それとも単なるライバル・自分の地位を脅かす存在としてみながら仕事をするのか。いま働かされているのか、働かせてもらっているのか。世界を自分の仲間と見るのか、世界は敵だと見るのか。など捉え方で大きな変化があるタイミングなんて、数え出したら枚挙にいとまがありません。

競争の中にいると忘れてしまいがちなのですが、常に大事なのは「自分が他者に対して何をできるのか」につきます。

尾原和啓さんの名著「ザ・プラットフォーム:IT企業はなぜ世界を変えるのか?」でもこんなことが書かれています。

人はお互いが見えない不安から「あなたvsわたし」という対立の構図になりやすい。そうではなくて「あなたと私vs目的と課題」という構図でつねにありたい

贈与と交換のコミュニケーション消費のうずの中で、あなたのなかに、ほんのちょっとだけ、あなたにしかできない相手を笑顔にし続けることが見つかる。これこそが今の時代の「自己実現」なのではないか

最初は他を出し抜くプレイヤーが勝つが、やがて利他的なプレイヤーが生き残るというおもしろい実験結果がある

人は「人と人の間で生きる」から「人間」

また、自分の過去を振り返って帰納法的に考えてみると、他者に自分がどう貢献できるのかに焦点を当てていたときには組織も成功したし、自分の幸福感も高い状態にありました。例えば、高校サッカーで全国大会No.8になったときはとても幸せだったのですが、こんなことをインタビューで答えていました。

途中から出て、流れを変えられればいいと思っています。チームが勝つことが最優先なので、自分の結果にこだわることなく、チームのために少しでも貢献できればと思っています。

このときは箱から出ていたので、結果が出たのでしょう。しかし、一度箱から出たとしても継続的に出られるとは限らないものです。自分自身、箱の中にいたことはたくさんあります。むしろ、そっちの方が多いんじゃないかと思うくらいです。

そして、成果が出ないときは共通して「矢印が自分に向いている」という特徴があります。サッカーでも仕事でも、自分の成長や成果のためだけに何かをしているときは組織の成功も自分の成功もほとんどなく、何より強い幸福感を感じるはありませんでした。キングダムで龐煖が信や王騎に勝てなかったのもまさしく同じ理論なんじゃないかなと思っていて、結局自分のためだけに出せるパワーは限定的で、かつそっち向きのパワーは時に組織の成長を阻んでしまっているのだと。

捉え方を修正する方法・箱から脱する方法

捉え方は大切なんですが、とはいえそれを修正するのは結構大変です。修正するには、今の自分の捉え方を客観視・認知し、勇気を持って変え、さらに持続的に新しい捉え方を維持する必要があり、一筋縄ではいきません。ただ、捉え方を変える助けになる方法はいくつかあるので、それを本や自分の経験から挙げてみようと思います。

①常に自分が間違っている(箱の中に入っている)かもしれないと考える

本に書いてあったのですが、常に自分が箱に入っていないか、自己欺瞞の世界に入り込んでいたないかを疑うことが箱から出るトリガーになり得ます。例えば、上司から厳し目のフィードバックを受けたときに、まず「自分のやり方が間違っているかもしれない」と疑ってみたり、人間関係で「あいつが変わってくれればな」とふと思ってしまったときに「いや、自分が箱に入ってしまっているから、相手も箱に入っているのかも」と考え直したり、みたいな感じです。

②1人の人間として人に向き合えているか常に考える

「自分が思っている以上に自分は周りの人たちに1人の人間として向き合えていなかったな...」これが僕が本を読んで一番に思ったことです。自分が輝くための他者、自分が得をするための他者、少しでもそう感じているうちは箱に入ってしまっています。人間は自分を特別視する傾向があるので一定数しかたのないことではあるのですが、果たして1日のうちどのくらい他者を1人の人として接することができているのか、は常に意識しておきたいものです。

③完璧ではなく、よりよくあろうとする

完璧であろうという捉え方は、高いモチベーション・実行力につながることがありますが、逆にいうと完璧になれない間は未完成な人間であると自分で自分を認識しているということになります。その結果として「〜のスキルを得られれば、」「〇〇大学に受ければ、」「転職すれば、」と幻想をいただき、幻想の中の完璧な自分を正当化するわけです。しかし現実はそれが叶ったところで事態は何も変わらない、なんてことが普通に起こります。嫌われる勇気では、これを言語化して認識しやすいようにしています。

・上を目指そうとすることを「優越性の追求」

・上は目指したいけど踏み出す勇気をくじかれ、努力によって状況を変えられるという事実を受け入れられなくなった状態、「〜さえできるようになったら」といった状態を「劣等コンプレックス」

・強い劣等感に苦しみながらも努力する勇気がない、かといって劣等コンプレックスも我慢できない、できない自分を受け入れられない結果として、あたかも自分が優れているかのように振る舞い偽りの優越感に浸る状態を「優越コンプレックス」

そして、大事なことは「誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩く」ことだと本に書いてあります。つい完璧を目指そうとしたり、他者との競争の中に自分を見出そうとしたりすることは多々あります。ただ、そんなときこそ、自分の理想と比較してよりよくありたいと思うようにすると、一気に視界がひらける気がします。

④他の人のために行動を起こしたあと他の人が自分に手を貸してくれるかを気にしない、たまに色んな人の優しさに触れる

「せっかくGiveしたのに、あいつ全然Giveしてくれないじゃん」こう思った経験がある方は僕以外にもいるのではないかと思います。しかし、この発想はまさしく自分のTakeから逆算した考え方であり、本当の意味で相手を1人の人間として向き合えていない状態、箱の中でのモノの見方なんです。本当に相手と向き合えているのかを試す意味でも、自分がGiveできたあとの相手からのGiveは期待しないと決めておくのが得策だと思います。とはいえ、ずっとGiveし続けられる限度もあるとも思います。そういったときは人の優しさに触れるのが自分の経験上おすすめです。実家に帰って両親の優しさに触れたときや、1人旅中に初対面の方にめちゃくちゃもてなしてもらったときは自分のGiveの小ささをしみじみと感じますし、なんとなく充電される気がするものです。

まとめ

読書、1人旅、社長の言葉の3つから今回まとめた「捉え方」の重要さを認識することができました。やっぱり「本」「旅」「人」は常に自分の考え方をアップデートしてくれますし、今後も続けていきたいと思いました。

捉え方は意識しておかないとすぐに扱えなくなってしまうので、無意識に意図した捉え方ができるようになるまで頑張って意識し続けたいと思います。

https://twitter.com/hotaka_tajima

では。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?