80,sグレイハウンドの想い出(ホ)サンフランシスコ編
グレイハウンドをご存知か?
全米を網羅するバスネットワーク。
80年代終わり頃、2週間ほど、
アメリカ🇺🇸西海岸を旅した。
ロスからサンフランシスコ、
グランドキャニオンと
ヨセミテを巡り、ロサンゼルスに抜ける。
言葉にすると、たったこれだけの旅。
今回は、サンフランシスコの想い出を綴りたい。
お決まりのゴールデンゲートブリッジやシールロックを巡り、ギラデリースエアで大道芸見物。
ジャグリングは、言葉がわからなくても笑える内容。
「おひねりはクレジットカードでもokですよ!」
的にエンボス対応インプリンターをガチャガチャ鳴らす。←昔のクレジットは皆こいつだった。
アジア系観光客が珍しいのか、ジャグリングの手伝い参加をさせられた。
自分の靴はジャグリングの材料に。
ツレのナップザックは、何故だか後ろの金庫へ。観客から笑いが溢れ、楽しい一時を過ごせた。
相応に高額の紙幣をチップに渡したら、驚いて記念撮影までして…。
その後、ピア39でダンジネスクラブを仕入れてホテルに戻る。辺りは夜の帷が降りていた。
道すがら、黒人二人組に声かけられ少しドキッ!
「おまえ、大道芸のとこに居た奴だろ!」
「楽しめたか?」的な事を言われたと思う。
買い込んだダンジネスクラブ。
ホテルの床にベタ座りで齧り付いた。
ブラウン管式のテレビからは、モンティーパイソンが流れていた。
確か、内容は、bicycle repair Man!
スーパーマンだらけの星で、自転車に乗るスーパーマン。ところが、自転車が壊れて困った!
そこに颯爽とbicycle repair Man!
自転車をサッと治して去ってゆく。
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モンティ・パイソンの下らなさが好い。
その後、公的な渡航でもサンフランシスコに行く機会があった。
ピア39のレストランで、
vice-president 「うーん私はロブスター🦞で。」
すると、
私を除く全ての人が「私も🦞で」
「私も…」
「私も🦞」
私のオーダーの番 「ダンジネスクラブ🦀で」
「あとクラムチャウダーも」
次の方々からは再び「私は🦞で」
「私も🦞で」…。
日本が今現在弱くなってしまっている原因の一端を垣間見た気がした。
今から30年程前の、未だ若く、何もなかった頃のお話。
その後、サンフランシスコに行く機会は巡って来ないが、また訪れてみたい街の一つでもある。