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行政書士 山本 ~紙一枚で救える未来があるなら~ vol.2

前回までのあらすじ

開業10年目の行政書士・山本駿は、建設業許可を更新したい橋本社長の丸投げ依頼に対応しながら、新たにフレンチレストラン開業を目指す川原の相談も受ける。保健所の許可取得や内装要件など手続きは多岐にわたるが、それぞれの想いを支えたい山本は、複数の案件を同時進行で進めることになる。



第3章 建設業許可の更新と微妙な日付問題

昼下がりの事務所。山本はデスクに広げたファイルの山を一旦整理し、建設会社・橋本社長から依頼されている建設業許可の更新書類を最終チェックしていた。補完依頼があった「工事経歴書」の新データをExcelへ落とし込み、一通り整合性をとる。

「この契約日は確定だよな……?」

モニターを見つめながら、山本は小声で確認する。工事契約日と着工日のズレはよくあることで、あまりに不自然だと受理されても後で補正を求められかねない。頭の中で橋本社長の声がよみがえる。

「ああ、それ先週に遡って作った契約書だから……」

書類の辻褄を合わせるために、追加で必要になる資料はないか。山本は一瞬、電話するかどうか迷うが、もう少し様子を見てからにしようと思い直す。社長が現場に張りついている時間帯に何度も連絡すると、かえって混乱を招きそうだ。

ちょうどそのとき、来客用のソファに腰をかけていた事務スタッフの女性(橋本社長から書類受け渡しを託されている人)が、おずおずと声をかけてきた。

「山本先生、すみません、社長が言っていた工事着工日は仮で書いてくれと……言われてまして。でも実際はもう始まってるんです」
「ああ、そうなんですね。じゃあ最低限、着工の口頭指示があったことを示すメモなり、社長が署名した指示書でもいただければいいんですが……」

スタッフは「ああ、なるほど」と言いながらスマホを取り出し、急ぎで社長にメッセージを送っている様子。山本は心の中で苦笑する。書類というのは、あとで矛盾や空白が判明しても“過去には戻れないものだ。今のうちに軌道修正できれば大事にはならない。

「わかりました。では、その指示書が手元にきたら追加添付して県の土木部に提出しましょう。提出期限まではまだ数日ありますから」
スタッフがほっとした顔を見せる。山本は手元の工事経歴書を保存しながら、一息ついた。こうした微妙な日付問題をなあなあにしてはいけない。依頼人の本業を円滑に進めるためこそ、書類の辻褄をきっちり“仕立てる”必要がある――そう自分に言い聞かせつつ、次の案件へと目を移す。


保健所への確認電話

続けて山本は保健所に電話をかける。今度は飲食店営業許可関連の質問をしたいからだ。
受話器の向こうで、顔なじみの担当者が出る。「例のフレンチの件ですね?」と察しがよい。何度も書類を出しているため、共通理解が進んでいるのは助かる。

「はい、川原さんって方なんですが、シンクを二槽にするか三槽にするかで迷ってるようで。もしかしたらメニュー次第で生ものを扱うかもって話でした」
「なるほど。なら一応三槽を勧めますが、最終的には保健所の事前相談で直接確認したほうが確実ですね。配置図を持ってきてもらえばスムーズかと」

山本はメモを取る。こういう内容を的確に伝えなければ、クライアントである川原も工事業者も右往左往してしまうだろう。依頼人の背後にいるのは職人や建築、食品衛生の専門家たち。いかに要件を“言葉”に落とし込み、無駄な混乱を防ぐかが、行政書士の腕の見せどころだ。

“こちらがしっかり書類を整えれば、みんなが安心して進められる。”

その思いを抱えつつ、山本は受話器を置いた。


第4章 フレンチ開業の現場と小さな衝突

翌日、山本が事務所で飲食店許可の書類作成を進めていると、川原から電話が入った。
「内装業者さんと少し意見がぶつかりまして……換気扇の排気場所を変えたいと言われてるんです。保健所の基準とズレるかもって不安で……」

内装業者とのすり合わせ

急きょ夕方、川原の店舗予定地へ向かうことに。ビルの2階はまだコンクリート剥き出しで、配管や配線が入り乱れている。工事業者が図面を指し示しながら語る。

「排気のダクトをここに通せれば一番楽なんですが、隣のテナントとぶつかるかもしれなくて。どうしても壁を一部壊すかたちになりますね」
川原は不安そうに「そんな工事費の予算、もうほとんど残ってないんですけど……」と声を落とす。

山本は簡単なメモをとりながら、業者との会話をまとめる。排気ダクトの位置が保健所の基準に合うかどうかは、実際に図面を修正して提出しないとわからない。
「ここから排気を外に出すと、周囲の住人から苦情が来る恐れはありませんか?」
「うーん、一応消防法の観点でも問題ない位置なんですが、住環境として気にされる可能性はありますね」

店内にはコンクリと工事の粉塵が舞い、口の中が少し粉っぽい。川原は行き詰まった様子で深呼吸している。山本は「大丈夫ですよ。とりあえず保健所に図面を持って相談しに行きましょう」と声をかけた。できるだけ無駄な再工事を避けるために、今のうちに対策を打つしかない。

川原の不安と山本の励まし

ひと通り業者との話を終え、外に出るとすっかり日が沈みかけていた。街灯がぼんやり光を落とし、川原はため息まじりに言う。
「はぁ……こんなに大変だとは思わなかった。料理のことばかり考えていたけど、実際は工事費だとか基準だとか、想定外の壁がいっぱいあって……」
山本はやんわりと笑い、「飲食店の開業って、書類と現場が両輪なんですよね。完成してしまえば、きっとすごくやりがいを感じると思いますよ」と励ます。
川原が「そうだといいんですが」と返すその横顔には、まだ緊張が漂う。

“これも書類で整えられる問題ならいいが、現場はそう単純じゃない。それでも、法的に守られた形を作らないと安心できないのが現実だ。”

心の中でそう呟きながら、山本は「また保健所へ一緒に行きましょう。『こうなりたい』というイメージは川原さんのもので、書類と工事はその後押しですから」とだけ告げる。川原は小さく微笑んだ。わずかながら、自分の店を作るんだという希望が残っているようだ。

“書類を完璧に仕立てておけば、あとは厨房や内装がきちんと仕上がるはず。それが依頼人の未来につながる一歩になる。”

そう思いつつも、山本自身が期待以上に力を入れてしまうのはなぜだろう。ひょっとすると、川原の情熱と自分のやりがいが奇妙に重なっているのかもしれない。
小さな疑問を抱えながらも、山本は明日の保健所への訪問をイメージし、事務所へと帰路を急いだ。


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