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行政書士 山本 ~紙一枚で救える未来があるなら~ vol.3
前回のあらすじ
建設業許可の更新を急ぎの丸投げで依頼してくる橋本社長と、フレンチレストラン開業を目指す川原の相談を同時に受け持つことになった行政書士・山本駿。保健所の基準や追加書類の不備など、双方で小さな問題が噴出するが、一歩ずつ書類を整え、現場とすり合わせながら前進している。フレンチ店の内装では換気扇や排水の問題が浮上し、川原は予算面で焦り気味。山本も複数案件を抱えつつ、依頼人の想いを形にするため、丁寧に手続きを進めている。
第5章 保健所での事前相談と現場の追加要望
「ここに三槽シンクを入れるなら、もう少しスペースを広げないとね」
保健所の相談窓口で、担当者が図面を見つめながらさらっと言った。山本と川原は並んで座り、内装業者が作成したばかりのレイアウトを広げて説明している。先日から迷っていたシンクの数を三槽に増やす方向で検討しているが、そのぶん厨房スペースが圧迫されそうだ。
「そうなると客席が狭くなりすぎませんか?」と川原が戸惑う。すると保健所の担当者は落ち着いた声で「ご希望があるなら、逆にカウンターを短めにして奥行きを確保する方法もある」と提案した。
山本はメモを取りながら、一方で川原の表情をうかがう。彼女は内心「お客さんとの距離感を大事にしたい」というこだわりがあるようだが、保健所の基準は優先しなければならない。結局、「ぎりぎりまで客席を確保しつつシンクスペースを広げる」妥協案を詰めることになった。
相談を終え、廊下を歩く川原は少し気疲れしている様子。山本が「この段階で調整できたのは大きいですよ」と声をかけると、川原は苦笑いしながら「余裕があればいいんですけど」とつぶやく。その不安げな横顔には、料理への情熱と限られた予算との板挟みが色濃く表れていた。
第6章 橋本社長の追加契約と書類のつじつま合わせ
一方その頃、山本は県庁への提出日を控えた建設業許可の更新書類を抱えて、橋本社長からの追加連絡に振り回されていた。「もう一件、工事経歴に入れたい仕事があった」と言うのだが、契約書が正式に取り交わされていないらしく、日付の整合性が曖昧なまま。
「着工してるのに契約書がない?」と山本は電話口で軽く頭を抱える。
「うちは口頭で仕事を始めることが多くてね。後で契約書を作るんだよ」
社長は悪びれもせずにそう言うが、役所に提出する書類は“きっちり日付が通っている”ことが基本。曖昧だと受付で不備を突かれる可能性が高い。
そこで山本は、「最低限、契約書を作る前の打ち合わせメモやメールのやり取りなど、何か証拠を添付していただけませんか?」と提案。橋本社長は面倒くさそうにため息をつくが、「わかったよ」と言ってスタッフに指示を出してくれそうだ。
書類不備の連続にやや焦りを感じつつも、山本はPC画面を睨みながらデータを調整する。口頭で済ませるやり方が現場では普通でも、書類がないと法的には証明できない――このギャップこそ、彼が日々埋めているものだ。
昼下がり、ようやく整えたファイルを手に、「たぶんこれで更新申請は通るだろう」と山本は自分を納得させた。あと一息なのかもしれないが、まだ油断はできない。少し前には川原から「シンクを三槽にすると業者から追加料金が……」と連絡が来ていた。どちらの案件も、ぎりぎりのところで調整を強いられたまま進んでいる。
“どうにか整合性をとって未来へ進めるのが、自分の役割だ。”
そんな考えが頭をかすめるが、深くは口に出さない。まだゴールは見えないが、書類を仕立てる手は止められないのだ。