病院運営が迷子にならないために
サマリー
急性期病院は経営と臨床で方向性の乖離が起きがち
ステークホルダーが納得できる臨床指標を病院の主たる管理指標とすべき
臨床指標の目標を達成するため経営・研究・教育でも指標の管理を行う必要がある
病院運営の課題
急性期病院の運営に関わってきて長く課題に感じていたことは、職員の数が多い病院であればあるほど、扱う疾患の幅が広ければ広いほど、経営判断にブレがあり方向が定まらないということです。
急性期病院は独立採算の組織であっても、ステークホルダーが多く一枚岩ではありません。患者さんの疾病・生活に向き合うのはもちろんのこと、公共サービスの提供者としてお金にならない診療も行いますし、事実上の一人親方である医師を集めるには医師のキャリアを充実させる施策も必要です。病院を運営し続けるには人数が必要な一方で雇用が流動的な看護師をつなぎとめることも考えなくてはいけません。病院に生活基盤を預けていることが多い薬剤師・コメディカル・事務の要望も無視できません。
それぞれが強い思いを持って病院に関わっているだけに、急性期病院のハンドリングは並大抵のものではありません。病院長という仕事はつくづく大変だろうなと思います。
病院の管理指標
そういった事情に対処するため、急性期病院は広くとらえることができる理念を立てた上で、経営上の管理指標と臨床上の管理指標を分離させることが一般的です。
多くの病院では理念に「人にやさしく」「地域に貢献する」「質の高い医療」といった解釈の幅が広いフレーズを盛り込み、病院の社会的役割を前面に出しながらも明確な方向性を示しません。
その上で経営指標には病床稼働率や入院単価をあげますが、臨床に興味を持っている職員にとっては正直ピンとこない目標だと思います。各種稼働率に至っては低い方が仕事が楽なので、なかなか前向きになれる目標ではないはずです。
臨床と経営で関連性が強い目標として、救急車受け入れ台数や応需率をあげている病院もあるかと思いますが、これも扱いが難しい指標だと思います。来院方法が救急車だからと言って重傷度が高い・緊急性が高いとは限りませんし、応需率をあげることに力を入れすぎると搬送側から「何でも受けてくれる病院」と認識され、緊急性が低いと思われるのに救急要請してしまった患者さんをまわされる傾向が強くなってしまいます。
こうした背景から、経営指標で職員を統率することは難しく、各診療科・各職種・各部門単位で職員が興味を持ちそうな臨床寄りの管理指標を別途立てることになります。術式別や疾患別の症例数、メジャーなジャーナルでアクセプトされた論文の件数、学会発表の件数、職種特有の臨床介入で治療成績が上がった割合、といったあたりです。
病院内の分断
こうした経営指標と臨床指標の乖離は病院内で職員の分断を引き起こしがちです。上級管理職(職種問わず)と事務は経営指標に重きをおき、上級管理職以外の医療専門職は臨床指標に重きをおくことになり、意見が食い違ってしまうのです。
もちろん、日々管理指標を気にかける、仕事に対してモチベーションの高い職員ばかりではないので、目の前の日常がスムーズに流れれば良しとする方もたくさんいるでしょう。それでも、(少し毒のある表現になりますが)病院に勤める人は利他心を持つことや他人から感謝されることで自己肯定感を満たしているケースが一定数あるので、そういう方でも臨床を良くすることには前向きという傾向があるように思います。
管理指標の扱い
臨床指標
病院によって社会的な役割の違いは様々ですが、あらゆるステークホルダーをまとめ上げるには臨床指標を主軸に置くのがベストだと思います。それも、ただ症例件数を積み上げるような指標ではなく、重症度をスコアリングした上で、5年生存率のようなアウトカムに着目すべきだと思います。
また、病院全体でモニタリングする指標を選ぶ上では、多くのステークホルダーにとって価値のある疾患をメインターゲットにする必要もあると思います。地域基幹病院であれば、消化器・呼吸器・循環器・脳血管・整形といった患者数の多い領域に力を注ぐべきで、稀な難病のアウトカムを追うのはリソースの最適な配分とは言えないでしょう。稀な疾患は研究に力を入れる施設で集約して、そこで新しい標準治療を開拓するため研究に力を入れるのが重要だと思います。
残念ながら、医療を集約すると遠距離通院の問題が出て来てしまうので、地域の病院が併診して定期的な処方をサポートする、といった取り組みは必要だと思います。
経営指標
病院を運営する上で経営指標を無視するわけにはいきませんが、病床稼働率をあげた結果、意図しない再入院が増えたというのでは本末転倒です。
臨床アウトカム向上には
優秀な人材
余裕のある人員配置
精度の高い医療機器が必要
なので
財務改善が必要
になり
臨床アウトカムが落ちない範囲で病床稼働率向上が必要
といった論理でなくてはいけません。
研究指標
医療業界には研究を通して専門性を磨き、キャリアを積み上げるという文化があるので、研究軽視はリクルートの面で望ましいことではありません。臨床のアウトカムは医師の能力に大きく左右されること、医師こそ研究成果がキャリア形成で重要なことをを考えると、研究指標を立てないという選択肢はありません。
ただ、治験の症例集めで倫理的問題として取り上げられるように、今走っている研究が目の前の患者さんの役に立つことは稀です。RCTでコントロール群にあたるかもしれないという話以前に、研究に参加することで受ける医療行為が、現時点で最適とされている治療以上の成績を出せる確率はあまり高くありません。実験的な介入のない研究だとしても、病院の重要なステークホルダーとして現在の患者さんが目の前にいる中、研究指標を病院の主な管理指標として、そこに多くのリソースを割くことは多くの場合良しとされないはずです。
先にあげた稀な疾患を扱う病院や、メジャーな疾患でも治療方法の開拓を期待されている病院の場合には事情が異なって来ますが、そういった病院は全体の数%で良いはずです。領域によっては、世界に存在する病院の数%で良いのかもしれません。そうした場合でも、国内の診療にローカライズするための研究は必要だと思いますが。
教育指標
将来の医療を維持向上させるため、新しい世代の医療専門職を育てることは軽視できません。未来の患者さんや医療行政というステークホルダーから病院に期待される役割の1つです。
とは言え、自分が辛い症状で救急外来を受診したときに、自ら望んで初期研修医の診療を受けたいという人は稀だと思います。指導医の後ろ盾があることで許容はできても、ベテランの先生を選べるなら、ベテランの先生にお願いしたいというのが多くの人の考えだと思います。
教えることで指導医の学びにもなるという側面はあるとは思いますが、教育目的で新しい世代を臨床の前線に立たせることは、多くの場合未来の医療への投資です。研究と同様に病院の主たる目標とするのは難しいでしょう。
まとめ(再掲)
現状私の考えは以下の通りです。
急性期病院は経営と臨床で方向性の乖離が起きがち
ステークホルダーが納得できる臨床指標を病院の主たる管理指標とすべき
臨床指標の目標を達成するため経営・研究・教育でも指標の管理を行う必要がある
おわりに
具体的な指標については、まだ考えがまとまっていないのですが、大枠でとらえている課題と解決するための方向性を書き残してみました。
考えが浅い、間違っているというご指摘もあるかと思いますが、病院運営に奮闘する方の目に届き考えをめぐらす機会になれば幸いです。