寺尾聰のようなハンバーグ(日吉/プクプク亭)
「あんまり気合を入れると続かないよ」。
何度この台詞を言われたことだろう。そして、その度に振り切ってはもれなく挫折してきたのだから、やはり相手が正しいのだろう。とはいえ、やるぞ!と決めたときは続ける気しかないのだ。むしろ、信じ切って疑わない。これはもうどうしようもない。そもそも、早いうちに辞めるつもりで何かをやり始める奴なんているのだろうか?
コロナ禍で参った心を温めてくれたドラマに敬意を表し、令和の「ランチの女王」を目指すべく、洋食屋巡り1店舗目である。
初めて意識的にお店を巡るのだから、記念すべき一発目は記憶に残る何かがないといけない。少しプレミアムな何か…しかしプレミアムすぎてもいけない。「誰もが太鼓判を押す超有名店」というのも、自分のひねくれた思考が邪魔をするので控えたい。かといって、誰も知らない、大しておいしくないというのも困る。自分の性質的に、初っ端からテンションが落ちてしまうともう立ち直れない。だけど「あえてここを選んだのだ」「ここなら絶対に美味しいはずだ、と確信した」と納得できる何かが必要だ。
日吉/プクプク亭
日曜の午後に、家族3代で食べに来る洋食店はいい店だと思う。
事務的にではなく、こちらを慮ったようにご飯の量を聞いてくれる店員さんに、学生の頃よく遊びに行った友人のお母さんを思い出した。期間限定のビシソワーズと特製デミグラスハンバーグを注文する。
厨房では、シェフが1人で小気味よく働いている。もうなんか「おやっさん」と呼びたくなる感じの風貌。渋い。実は、私がこの店を最初に選んだ理由は、この「おやっさん」にある。有名ホテルで修行したという輝かしい経歴もさることながら、やはりこの風貌。この人こそ私のイメージする洋食のシェフだ。WEBサイトで写真を見た瞬間、「絶対おいしい」そう確信させてしまう謎の説得力があった。
まず、ビシソワーズが先に運ばれてきた。シャリっと残るじゃがいもの舌触りとともに、生クリームの甘みがたっぷり感じられる。きちんとした冷たさが心地よい。
彩りにはパセリではなく、小口切りされた小ネギが乗っていた。ビシソワーズとネギの意外な組み合わせ。しかし庶民的にならず、スープの甘みにピリッとした辛みを与えている。
そして、いよいよハンバーグが運ばれてきた。
「これはうまい。うまいぞ…!」
孤独のグルメ・井之頭五郎よろしく、頭の中で自分の声が止まらない。
そういえば、さっきまで仕事の愚痴で静かに盛り上がっていた隣の席の男女も、料理が運ばれてからは味の話ばかりしている。
会話の邪魔をしない料理、というものも時に必要なのかもしれない。
しかし、この店の料理は見事なまでに会話の主役を奪うのだ。あぁあ、なんて恐ろしい子!
勢いだけで「子」なんて書いてしまったものの、このハンバーグはどう考えても渋めのおじさんだ。ビターで深みを感じるデミグラスソース。寸止めの苦味が、もっと!もっと!と、右手を急がせる。人に例えるなら寺尾聰。人生の酸いも甘いも噛み分けた、隠しきれない渋さがある。しかし、知れば知るほどに醸し出される包容感。自分が立ち入るにはまだ早いと思わせておいて、実はやさしく胸を貸してくれる感じ。円熟味、最高!
ギュッと詰まった塊を口に含むと、ミンチがするするとほどけるが、残る噛み応えは牛タンだろうか。いつか「俺ら肉好きはな、“肉食べてる感”が必要やねん!」と、仕事中に力説していたあの人にも勧めたくなった。
洋食屋巡り1店舗目にして、私は早くも桃源郷に辿り着いてしまったようだ。ここまで書き切って、アップする今日までの間に3回通った。あれだけ熱心に探索しようとしていたはずの新しい趣味を、私はもう放り出してしまいたくなっている。