会社の子とマッチした。(後編)
この夏、会社の子とマッチした。
有楽町の中華を食べに行ったり、夜のライトアップされた日比谷公園で、仕事観や恋愛観を語り合ったことも覚えてる。
「細貝さんって、言葉が好きですよね」
「うーん」
「違うんですか?」
「言葉の扱いを間違えて、好きな人を傷つけちゃったり、そのせいでフラれたこともあるから、好きというより怖いのかも(笑)。だから、すごく気をつけてる」
どれだけ価値観が合っても、言葉の選び方や表現がきれいでも、身体の相性が合っても、その子と付き合うイメージが湧かなかった。それがなぜなのかはよくわからないから、恋愛は難しい。
ただただ恋人未満の関係を楽しんでいた。
ある夜、居酒屋を出て、そのまま手を引いて家に行こうとしたら、彼女が「少し話がしたい」と口にした。
夜景が少し見渡せる丘のある公園に行った。
ベンチに座って、何を話していたかも思い出せないような、たわいもない話をした。
なかなか彼女の方から本題に入らない。言いにくいことなのかもしれないと思った。
「話っていうのは?」
僕が切り出すと、彼女は黙ってしまう。
しばらく独り言のように「どうしよう」などと迷ってから、
「これを本当に細貝さんに言うべきか…」
「うん」
「実は、細貝さんと会う少し前に、違う方ともアプリで縁があって」
縁があって、という言い方が、まさに言葉の丁寧な彼女らしいと思った。
「何度かデートしてるんです。……今まで言えずごめんなさい。こういうの良くないと思うんですけど、細貝さんも、その方も、どっちもすごく魅力的で……どちらかを切るってことが、できなかった」
僕は彼女が素直に話してくれていることが嬉しかった。嘘をついていない。だから、こんなに辛そうなのだ。
「細貝さんは思ったことを素直に伝えてくれる。可愛いとか、気になってるとか。そこがすごく魅力的だった。でもそっちの彼は、ぜんぜん言葉にしてくれないんです。まだ手すら繋いでない。でも、よくわからないけど惹かれてます」
彼女は靴を脱いで、いつの間にか、ベンチの上で体育座りをしていた。
「今までの人生だったら細貝さんを選んだけど、これからは自分から動いて何かを勝ち取りたいと思ってて、どっちも魅力的だからこそ、これからなりたい自分のために……そっちの彼に告白しようと思ってます」
「正直にぜんぶ言ってくれてありがとう」
「怒ってないですか?」
「むしろ嬉しい。そんなふうにすべて真っすぐ伝えてくれて。俺、少し前の彼女にフラれたとき、いかにもその場で繕った理由でフラれたんだよ。だから、こんなふうに嘘なく言ってくれることが、人としてリスペクトしてくれてるって思うし、嬉しい」
すると、彼女が迷い始める。
「なんでそんなに素敵なんですか。迷うからやめてください……いや、どうしよう、ほんと」
「ぜんぜん素敵じゃないよ。付き合ってもないのに手を出す男より、ゆっくり関係を進めようとする彼の方がずっと素敵でしょ」
ベンチの前を何組ものカップルが散歩で通り過ぎる。
無言の時間が流れる。夏の虫なのか秋の虫なのかよくわからない虫が鳴いている。
「でも、出会えてよかった」
僕はそう言った。
正直、彼女と付き合うイメージが湧いてなかったから、こんな形とはいえ、彼女の方から身を引いてくれるのは好都合だった。
「私も」
「告白頑張って」
僕たちはそうして、ベンチから立ち上がり、公園を出た。
きっときれいな恋愛小説なら、これでさようならなんだと思う。でも、これは僕が実際に体験したもので、現実はそんなきれいにはまとまらない。
本来なら彼女をきれいに見送るべきだったのだけど、ほかの男に負けたような感じがして、恋とも違う醜い執着が芽生え始めていた。もう手に入らないのなら、最後くらい好きに抱いてからほかの男に渡してやりたかった。
「最後だし手繋がない?」
大人しく手を繋いでくれる彼女。
「もう会えないって思ったら、寂しくない?」
「私の告白が成功したら、ですけどね」
「最後にうち、寄ってかない?」
「え?」
無言が続く。
「俺、最低なのわかってるけど、でも。ごめん……嫌なら駅まで送る」
「嫌とかじゃ……。もう、どうしたらいいかわからない」
彼女は本当に迷っていた。
僕のこともやっぱり同じくらい好きだから、迷うんだろう。それに、自分からあんなふうにけじめをつけた男の家に上がるなんて、なかなか普通の女の子はできないはずだ。
「俺のせいにしていいよ。だから騙されてうちにおいで」
「ずるい…」
そんなふうに言いながらも、その夜、彼女は僕の部屋に上がった。
僕は最後のつもりで彼女の服を脱がした。
華奢な脚を大きく開き、彼女の頭に軽く手をやり目線を下げさせ、挿入っているところを見せつけながら、奥まで突いた。バックの途中で洗面台に手をつかせ、いっしょに鏡を見ながらも、した。
最後はうつ伏せになっている彼女に体重を預け、深く入った。僕は上半身を起こすようにして角度をつけ、ぐりぐりと中の壁を擦るように先を動かした。温かいものがたくさん溢れて、シーツがじんわり濡れていく。
お互い、たくさん声を出して、終わりを迎えた。しばらくふたりとも息が切れて、ベッドの上から動けなかった。
僕は彼女を終電で送ってから、妄想した。
彼女の告白がうまくいく。その彼と晴れて恋人になる。ふたりは幸せなデートをする。でも、その彼は自分の恋人が、付き合う前に僕と深い身体の関係があって、何度も激しく抱かれていたことを知らない。
妄想し終えて、僕は心の底からくだらない男だと思った。
◯
それから何週間か経ったころ、LINEが入る。
彼女からだった。
Xでも投稿したけれど、
「フラれた!!笑」というメッセージ。
現実は、本当に恋愛小説のようにうまくいかない。終わらない。
僕は今でも彼女との関係を続けている。
もう僕の中に、彼女に対する恋愛感情はない。ただただ、体の相性のいい女の子のひとりとして会っている。
僕も屑だが彼女も屑だと思う。僕に別れを告げたくせに、いくらフラれたからといって戻ってくるなんて虫が良すぎる。だから、僕も都合よく会っている。
最近は彼女とのプレイがどんどん激しくなっていっている。僕も相手に恋愛感情がないから、容赦なくできてしまう。彼女自身が相当のMだった。彼女の柔らかな下腹部を拳で少し圧迫しながら挿入したり、首を締めたり……(このへんでやめときます)。
終わり方を見失った僕たちは、いつ、どんなふうにして終わるんだろうね。