旧友が亡くなりました。(閲覧注意です。)
おはようございます。工員Dです。今日は夜勤でした。
今回は死に関係する話ですし、僕の考え方がクソ過ぎるので、タイトルに閲覧注意と書かせて頂きました。それでも読んでやるよって方のみ、スクロールして内容をご確認下さい。また、内容に不快感を抱かれてコメント等頂きましても、謝罪する事しかできませんので、予めご了承下さい。
タイトルの通り、先日小学校時代の旧友が病気で亡くなったらしいです。らしい、というのも2年前に突然招集がかかった同窓会に参加した折、半ば強制的に参加させられたグループラインにより知ることになったからであり、全くの寝耳に水で半信半疑といってはなんですが未だに信じられない自分がいるからでもあります。
いわゆる家族葬というやつで、ご遺族は地元の新聞のお悔やみ欄にも載せないことにしたらしく、旧友の一人に亡くなったとの情報が偶然入り、グループラインに投稿したという流れです。
小学校ではそれなりに仲が良く、一緒に遊んだりしていました。同じ中学に通いましたが少しずつ疎遠になり、中学卒業後は大学時代に一度同窓会で再会し、その後は先程述べた2年前の同窓会で再会。それが僕と彼の最後の時間でした。それ以後連絡もとることなく、彼は亡くなりました。2年前に会ったときは表面上はとても健康そうに見えました。その時から病に侵されていたのかどうなのかすら僕は知りません。
グループラインを見たとき、本当に突然すぎて驚きで言葉が出ませんでした。僕は自分ではもうおっさんだなぁ…とは思っていますが、世間一般でいうとまだまだ人生これからという年齢だと思います。まさかこんな歳で亡くなるとは…
グループラインではここ数日に渡り同級生達が代わりばんこに『驚いた、残念だ、香典はどうする?』などの会話を繰り広げていました。特に女性がリードしてあーでもないこーでもない、こうするべき、ああするべきと亡くなった事後処理への対応を話し合っていました。
僕はといえば、そんな彼ら彼女らの邪魔をしないようにタイミングを見計らって「驚いた、非常に残念だ」と言う内容を一度呟き、その後はそのグループラインを傍観していました。
僕にはなんだか訳のわからん感情が芽生えていました。旧友が突然亡くなったことは凄く驚きましたし、悲しいのはもちろんなのですが、僕は
「僕だけが時間に取り残されていまだ幼い子供であるような感覚」
に陥り、なんだか無性に寂しく、哀しく、悔しく、情けなくなりました。みんな大人になり、家庭を持ち、各々が家事や仕事で忙しい中、友人を想い行動している。片や僕はなんだ?この歳で自立もせず、あまつさえ借金を抱え親に迷惑をかけている。
僕はその対比をまざまざと見せつけられ、友人の死をグループラインに入っていたから知ることができたにも関わらず、グループラインに入ったことをなんだか後悔するという、おぞましい考えを抱いてしまいました。
僕は…本当に…一体何なのだろう…
グループラインでは、旧友の死をあまりおおっぴらにしたくなかったであろうご遺族の意向に配慮し、旧友の一人が同級生代表として手紙を送り、ご遺族の反応次第でまた対応することになったようです。
僕は、今は彼らの言うことに従うことにします。
そしていつか、一人で彼のお墓参りに行きます。
僕は僕のやり方で彼を弔ってあげたい。僕にとって亡くなった彼は、「僕らの彼」じゃなく、「僕と彼」の関係の中での「彼」なんだ。
多分、僕は彼らに負けたくないという気持ちと、彼の死の悲しみは平等で、どんなに落ちぶれている僕にだって彼の死を弔う権利がある、という謎の反骨心を抱いているんだと思います。別に自分が発言してないだけなのに。僕はこうしたいから構わないでくれと。言いたきゃ言えばいいのに。誰も、『お前みたいなやつは発言するな!』とは言っていないのに。でもしたくても出来ない。自信がないから。彼の死を聞いてなお、僕は結局なにもできない。いや、なにもしようとしてない。僕は彼の死を自分の感情を整理するために利用しようとしているのかもしれません。
本当に救いようのないアホですね。そしてここでこんな風に吐き出すことしかできない弱虫です。
読んでくださった方、訳のわからんこと書いてすみません。あと、不快に感じた方もいらっしゃると思います。また、今回は本当に支離滅裂です。すみません。
それに彼らには動いてもらって感謝しかできないはずなのに、こんなこと書いてすみません。(ここで謝罪してもしょうがないけど)
今日はこのへんで、工員Dでした。
2020.6.2 工員D