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【マカシリーズ】・幸せのロウソク

我が当店、イチオシの人気商品『ハッピーキャンドル』。
あなたのその目で、効果をご覧ください。


ハッピーキャンドル

第一章 /開店


退屈で平凡、変わり映えの無い毎日にうんざりしている方に、オススメしております。

当店の人気商品・『ハッピーキャンドル』。

おや? 使い方が分からない?

ならばちょうど良い。

先程ご購入したお客様がいらっしゃいます。

その方をご覧ください。

きっとあなたも気に入るはず。

さあ、よくご覧になってください。

『ハッピーキャンドル』を手に入れた彼女が得たものを…。




第二章 /少女


その少女は日常に飽きていた。刺激に飢えていた。 

毎日毎日、変わることなく続く『今日』から抜け出したくて、たまらなかった。

生まれて17年、平凡なことが幸せだと教えられても受け入れられなかった。

刺激が欲しかった。

心が渇いてしょうがなかった。

だけど何をすれば満たされるのか分からず、悩んでいた。

『今日』も同じことを考えていた。

学校からの帰り道、友達と他愛のない話をしながら笑顔を作る。

それが友好関係をスムーズにする方法。いつの間にか覚えていた。

友達と別れると、深くため息をついた。


―くだらない―


そう思いながらも、抜け出せない。

もどかしさを感じながら歩き出す。

この辺りは女の子向けの小物や洋服、可愛らしい家具の店が立ち並ぶ。

ケーキ喫茶店やクレープの店もあるので、いつも夕方は学生逹で賑わっていた。

でも今日は別の所で寄り道をしてきたので、辺りはすでに薄暗くなっていた。

それにともない、学生の数もちらほら見かける程度になっていた。

夕闇の中、ぼんやり歩いていると、ふと何かに呼ばれた。

足を止め、周囲をキョロキョロ見回した。

店と店の間の細い道の向こうに、一軒の店がある。

何故だか足が自然とそちらに向いた。

夕闇の中で浮かび上がるその店は、小物屋らしい。

扉を開くと、ベルの音が店内に響いた。


―いらっしゃいませ。ようこそ我が当店へご来店いただき、ありがとうございます―


店内には一人の若い青年が立っており、深々と頭を下げた。

少女は軽く頭を下げ、店内を回り始めた。

小さな小物が所せましと並んでいる。

アンティークものばかりだが、値段が貼られていないのが気になった。

ふと視線を反らすと、青年と目が合った。

青年は優しい微笑みを浮かべ、頭を下げる。

顔が赤くなるのに気付き、慌てて違う所を向いた時、ある物が目に映った。

可愛らしい色と形のロウソク逹。


―可愛いキャンドルでしょう?―


不意に声をかけられ、驚いて振り返ると、すぐ背後に青年が立っていた。


―当店の人気商品なんですよ。この『ハッピーキャンドル』―


―ハッハッピーキャンドル?―


―ええ。火を付けて、香りを身にまとうと幸せになれるんです―


そう言われ、思わず一つのキャンドルを手に取ってみた。

手の平サイズのキャンドルは、薄いピンク色で花の蕾の形。

香りを嗅いでみると、微かに甘い匂いがした。頭の中がぼんやりする。


―どうやらお気にめされたようで―


そう言われて、ハッと我に返る。


―いかがです? ご購入してみては。そのキャンドルは必ずあなたを幸せにしますよ―


自信に満ちた青年の表情。

効果はともかく、アロマテラピーでリラックスするのも悪くないと思い、購入することにした。

可愛くラッピングされた袋を持って店を出る時、青年は恭しく頭を下げた。


―どうかあなたに幸せが訪れますように―


家に帰り、部屋に入ってすぐに火を付けた。

甘い匂いが部屋に満たされ、眠気を感じた。

ふと袋から小さな紙が出ているのに気付いた。

確か取り扱い説明書だと、青年が袋に入れながら説明していた。

しかし眠気が勝ち、そのまま眠ってしまった。

その時に見た夢は幸せな夢だった。


理由は晩ご飯が大好物のハンバーグを食べている夢だったからだ。


ふと母の呼ぶ声に目が覚めた。

少しの間、うたた寝をしていたらしい。

キャンドルを見ると、蕾の先が少し溶けていた。

火を消し、袋は可愛いので説明書を入れたまま机の引き出しにしまった。

ロウソクを購入した日から、人生が変わった。

あの日の夕食は夢で見た通り、ハンバーグだった。

その後、あのロウソクを付けて夢を見ると、必ず現実になった。

夢は楽しく幸せに満ちたもので、現実も楽しく幸せだった。

素敵な彼氏ができたり、テストが満点だったり。おこづかいが上がったり、街でモデルの雑誌の人に声をかけられたりした。


―まるで一生分の幸せを味わっているみたい―


ロウソクの香りに包まれながら、ぼんやりそう思った。

しかしふと気付くと、ロウソクは残り少なくなっていた。

思えば不思議なロウソクだ。

火を付け続けていたある日、蕾の天辺が溶けて、一気に花びらが開いた。

それはまるで生花のような美しさだった。

香りもさることながら、こういう仕掛けのあるキャンドルならば、あの店の人気商品だというのもうなづける。

そろそろ残りも切れるだろう。

明日、またあの店に行こうと考えながら、眠りについた。




翌日。腕時計を見て、渋い顔になった。

帰ろうとしたら、担任に捕まった。

内容はモデル雑誌社から学校へ連絡が入り、芸能界入りを認めているかどうかの問い合わせがあったと言うのだ。

職員室にまで連れてかれて、そこで一時間グチられた。

芸能界入りをすれば、勉強をおろそかにするのではないのか、他の生徒に悪影響を与えるんじゃないかと言われ続けた。

しおらしく聞いていたが本当はイライラしていた。

早くあの店に行きたいのに、こんな所で足止めをくらうなんて思わなかった。

やがて他の先生方が止めに入り、やっと解放された。

しかしすでに辺りは薄暗くなっていた。

最初に来店した時のように、夕闇がおとずれた。

思わず舌打ちしてしまう。

40過ぎても結婚していない担任の女性は、女子生徒に人気が無かった。

女子生徒には必要以上に厳しく、男子生徒には甘かったからだ。

今回のことだって、学校側は芸能界のことを容認しているのに、あえての呼び出し。

同じ学校の彼氏にも何かとちょっかいを出しているのも気にくわない。


―消えれば良いのに…!―


ふと出た呟きだったが、本心だった。

だがその考えもすぐに消えた。

目的の店の前に到着したからだ。

深く息を吐いて、扉を開けた。


―おや、いらっしゃいませ―


青年の笑顔を見て、ほっとした。

―こんにちは。あの、この前買ったキャンドルが欲しいんですけど、まだ同じものありますか?―


自分でも信じられないほどの、最上級の笑顔と声を出した。

しかし青年の表情は一瞬にして困惑の色に染まった。


―無くなったんですか?―


―いっいえ! もうすぐ切れそうなので、次のを買っておこうかなと―


―そうでしたか…―


青年はそう言うと、視線を棚に向けた。


―残念ですが、あのキャンドルは一つ一つ特別にできていまして、同じものはこの世に二つと無いんです―


―あっ、それじゃ別の形のでも…―


―まことに申し訳ありませんが、お一人様一点限りになっているんですよ―


―えっ、そうなんですか―


青年には揺るがない意志があるようだ。

しかしふと表情を和らげた。


―しかしもし、キャンドルが溶けて無くなり、その溶けたロウソクを当店へお持ちいただければ、また新品をお売りいたします―


溶けて原型が無くなったキャンドルを証拠品に持って来いと言うことか。

おかしな話だが、この店のやり方ならば仕方ない。


―わかりました。それじゃまた来ます―


頭を下げて帰ろうとした時、呼び止められた。

―お売りしたキャンドルですが、開花しましたか?―


青年に聞かれ、ふと何日か前のことを思い出した。 

確かにあのキャンドルは蕾から花開いた。

そのことを伝えると、青年は安堵した笑みを浮かべた。


―良かった。ならばあなたに幸せは訪れたんですね―


この問いには笑顔で答えた。

結局、キャンドルは買えなかったが、青年との会話で心が満ちた。

彼はあのキャンドルで自分が幸せになることを心から望み、喜んでくれている。

そのことが分かっただけでも来たかいがあった。

イヤな気分はすっかり消え去り、家に帰った。

だがその夜、キャンドルをつけて夢見た内容は、担任が車にひかれて亡くなる夢だった。

恐ろしい夢、悪夢のはずなのに、顔は笑ってしまった。




次の日の朝。

キャンドルがいよいよ残り少なくなっていることに気付いた。

良い夢を見ているほど、長くキャンドルをつけてしまう。

特にここのところは、自分の思い描く通りの夢が見られるせいか、キャンドルは急速に量を減らしていった。

もはや花の形はなく、あと一回火を付ければ終わりだろう。

最後はどんな夢を見ようかと、楽しく考えながら学校へ行った。

…だが。

学校へ行くと、様子のおかしさにすぐ気付いた。

教室に入るとすぐ、クラスメート達が話しかけてきた。


―担任が死んだよ―


―昨夜、車にひかれたんだって―


…それは昨夜見た夢の内容そのままだった。

しかし少しも恐ろしくは無かった。

けれど顔では不安を表し、心の中で笑った。

コレでもう、自分を不快にさせるものはいなくなったのだと―。




その夜、原型をとどめていないキャンドルを前に、考えていた。

最後の夢は何を見ようか、とか。

この不思議なキャンドルは2つめも同じ作用を与えてくれるのか、とか。

さまざまなことを考えているうちに、時間はすでに深夜になってしまった。

慌てて、とりあえず一つの願いを決め、キャンドルに火を付けた。




そしてその夜見た夢は、不思議だった。

暗い夢の中で、もう一人の自分と出会う。

イヤな笑い方をする自分はこう言った。


―燃え尽きる。全ては灰になる―


何のことか尋ねようとして口を開けたまま固まった。

目の前の自分の体が、サラサラと崩れ始めた。

言葉通り、燃え尽き、灰になっていく。

そして気付く。

自分の体も同じように灰になり、崩れていく。

言葉にならない悲鳴が、口からほとばしった。


後日

翌朝、少女は冷たくなっていた。

起こしに来た母親は、娘の変わり果てた姿に絶叫した。

少女の体は冷たく固まっていた。

しかし体はまるでミイラのように水分がなく、手足はもがいた形で固まっている。

その表情は何かにすがるように、助けを求めていた。

そして母親は気付いた。

部屋を息苦しいほどに満たす、甘い香りに。

香りの元を探すも、見つからなかった。




それから数日後、少女の母親は泣きはらした顔で、少女の部屋を訪れていた。

警察は変死と決めたらしい。

確かにあんな死に方、変死以外はありえない。

ショックが強すぎて、娘の部屋にしょっちゅう訪れていた。

ぼうとしながら、何気なしに机の引き出しを引いた。

そこには可愛い包装紙があった。

手に取ってみて、そこからあの匂いがすることに気付いた。

悲しい記憶がよみがえり、思わずゴミ箱に包装紙を投げ捨て、部屋を飛び出した。

投げ捨てられた衝撃で、包装紙の中から説明書が飛び出ていた。




―その説明書には、こう書かれていた。

【この度は『ハッピーキャンドル』をお買い上げいただき、まことにありがとうございます。


この商品についての注意点をあげますので、くれぐれも使用のさいには、細心の注意をはらってください。


なお、以下のことを守られなかった場合、お客様の身にいかなることが起きようとも、当店は一切の責任を負いませんので、ご注意を。


①この商品は普通のアロマキャンドルと、同じように使用してください。くれぐれも火の扱いには注意してください。


②この商品は火を付けると香りによって、眠りに入ります。


③見る夢の内容は、お客様の願望そのものです。


④夢の長さは、願望次第になります。また強い願望ほど眠りは深くなり、キャンドルも消費します。


⑤そして夢は翌日には必ず実現します。


⑥キャンドルに火が付くうちは、効果は持続します。


⑦しかしこのキャンドルはあなたの生命力そのもの。燃え尽きれば、使用者の身も燃え尽きますので、ご注意を。


以上のことに気を付けていただければ、必ず幸せになれます。


くれぐれも注意事項をお忘れなきよう、ご注意ください。


当店はお客様の幸せを心から願っております】


閉店

いかがでした?

当店の『ハッピーキャンドル』の効果は。

あのお客様は残念でした。

説明書をちゃんとお読みになられていれば、必ず幸せになられたはずでしたのに…。

当店にお越しになられる方は、限られています。

日常に飽きた方、刺激に飢えた方のみが当店を見つけられ、入店できるのです。

当店はお客様の願望を叶える商品を扱っております。

お客様が心より望んでおられるのならば、当店は全力を尽くし、いかなる方法を持ってしても叶える所存であります。

今回も残念な結果をむかえました。

あのキャンドルを購入しても開花させる方は、ごく稀なんです。

強き欲望を持った方のみが開花させるのです。

蕾のままではささやかな幸せしか訪れず、開花すると最上級の幸せが訪れます。

これはお客様次第になりますが…。

当店ではなかなか常連さんがつかず、悩んでおります。

今日のところはこれにて閉店することにいたしましょう。

きっと明日にはまた新しいお客様がいらっしゃるでしょうし。




…ああ、そう言えば、あのお客様の最後の望みですがどうやら私にもう一度お会いすることでしたね。

しかし不可能なことは、夢に見ることさえ不可能なので、くれぐれもご注意ください。


当店では、あなたのご来店を心よりお待ちしております。

【終わり】

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