殴り合え技術
昨日、このようなツイートをした。
これは、私が、現状のSNS上で行われている“EVの台頭でガソリンエンジン車は完全になくなる派”と、“EVなんて普及させる意味がない派”との不毛な争いに対して警鐘を鳴らしたものである。
現在、自動車業界においては、環境問題意識の高まりや、わが国の地理的・政治的理由による石油価格の不安定さなどから、なるべく化石燃料を消費しない自動車に対する需要が高まっている。
そして、“なるべく化石燃料を消費しない自動車”という命題を満たす自動車の形は決して1つではない。
電気で走行するもの、水素で走行するもの、効率を上げたガソリンエンジンやディーゼルエンジンで走行するもの、いくつかの方式を組み合わせて効率的な運用を実現したものなど、様々なものが存在する。
そこには人により好みがあるし、地域によって適した方法が異なるという部分もある。当然、私にも好みの方式と好まない方式がある。
しかし、好まない方式を推進している企業や、その方式に好感を持っているユーザーに対して口汚い攻撃を加えるというのは全くのお門違いであると私は思うのである。
技術は競争によって進んでいくものである。また、その技術がよりどころにしていた体制が一夜にして崩壊してしまうということもある。
電気自動車を例にとれば、原子力発電も再生可能エネルギー発電も不適で、火力発電に頼りきりという地域での電気自動車はその有用性に疑問符がついてしまうし、何らかの災害などでインフラが途絶してしまった地域では手近な再生可能エネルギーで動ける電気自動車が重宝されることになる。
どのような体制でどのような方式をとるのがよいかというのは、状況によってかなり変わってくるため、よい方式が見えてくるまでは開発競争による「殴り合い」をして全ての技術が一定以上の水準を満たしているようにすることが必要なのである。