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懺悔
物々しいタイトルになってしまいました!
でも、これ以外に言葉を見つけられませんでした。
宗教、オカルト、カルマ、ご先祖様や霊体、今のわたしをつくる全てに懺悔します。
もう古い時代の終わりを迎えています。
懺悔という言葉が消えて無くなるように、新しい時代にはふさわしいエネルギーがあります。
懺悔とは自分が悪かったことを認めて、神様に悔い改め告白をすることと調べたらありました。
ここで告白したいことがあります。
謝りたいのは、他でもない自分自身へです。
自分以外にはいません。
後悔が生まれるのは、感じたくないことを感じたからです。
その時の裏切りや期待はずれに、幸せではない何かを感じた。
それは良い悪いというジャッジになり、人を裁くように見えて自分を裁いています。
裁きはいらない。
誰も悪くない。
期待をしたのも自分。
夢を見たのも自分。
誰も悪くない。
じゃあ夢を見た自分が悪いと思って、夢を見なくなる。
期待をするのが悪いと思って、期待をやめる。
そうして、わたしは自分に嘘をつき、人生のロマンを真っ黒に塗りつぶし、全てをなかったことにする。
そうじゃないんだよ。
良い悪いの世界はもう終わってるんだ。
良い悪いで全ては決まらない。
わたしの全てを決めるのは、誰かが言っている良い悪いじゃない。
わたしの全てを決めるのは、わたしの言葉なんだ。
だからわたしはわたしに伝える。
ちゃんと聞いていてほしい。今ここに幸せはありますか?と。
わたしは答えます。幸せはわたしの中にありますと。
だったら自分を責める気持ちを手放せますか?
それは難しいかもしれない、わたしは悪いことをしたから。
それはどんなことですか?
それは人の期待に応えなかったということです。
それがどうして悪いことだと思うのですか?
人の役に立たなければ生きる意味はないからです。
ああ、そうですか。それなら時代は変わりますという話をしても良いですか?まずあなたの幸せに沿って生きることです。批判が怖いですか?今、周りにいる人に認められないことがそんなに悲しいですか?そこではありません。気をしっかりと持ちましょう。自分を責めないと決めましょう。自分を責めている時、どんな状態かというと、自分を小さな入れ物に閉じ込めて、行動できないようにさせているの。そんなのナンセンスでしょう?
人は身体を持って五感を持って、世界の光と風と流れる水を味わうことができます。それを単純に感じにやってきました。幸せと喜びを体験しにこの星を選んでやってきたのです。
その根本的なシンプルな喜びを今思い出します。
あとはわたしとあなたが違うように、人はそれぞれの思いを持ちそれに従って行動し発言しています。
相手の話は相手のもの。全てを受け止める必要もありませんね。今必要な言葉は自分の中にあり、自分が語り始めます。
人は人。わたしはわたし。
どこまで行っても、誰といても、それは変わりません。
同じものはひとつとありません。
だから大事なものは自分だとわかります。
だから大事なものは自分と同じ人間である人だとわかります。
全てが大事で対等の美しいエネルギーを持ちます。
今この瞬間に全てを大事にしたいのであれば、その方法はひとつです。
それは自分を大切にすること。
なぜなら自分から全ては始まるからです。
全ての始まりは自分です。
それがそうじゃなくなるから、自分を責めるという、自分を大切にしないというナンセンスなことをし始めるのです。
自分を大切にするということは、今日もいちにちよくやったね!と自分を労うこと。
様々な人がそれぞれの考えを話すのを聞く1日だったかもしれない。
色々な思いや会話があることを知った1日だったかもしれない。
そしてある時、自分から離れて、人の言葉を信じた時に、自分は悪いと思い込み、自分を裁き始める。権力者や保護者といった存在は厄介。
私たちはとても繊細でいとも簡単に、言葉を細胞に浸透させ、それが奇跡のような魔法を起こすこともあれば、悪魔のように自分を苦しめることもある。
そうして、小さい箱に閉じ込めて、言いなりになる。
自分には力なんてこれっぽちもないと思いこむ。
でもそれが嘘だ。
それは自分が活躍しないための言い訳で、自分を生きないための理由。
本当の自分は夢を見るし、希望も抱く。
なぜならそれは現実だと本当には知っているから。
自分のパワーを使う目的は、本当に自分が幸せであるということが何よりも大切なこと。
本当に自分が幸せってどういうこと?
今ここにいて気持ちいいな、今を生きていて幸せだなと思えることかな。
思うことに条件はない。
でもそう思っても、思わなくてもどっちでもいい。
どっちでもいいんだ。
なぜなら、私たちは今を生きていて、それは大きな愛で動いているから。
それがあるって知ってるだけで、なんとなくそっちに動いていくものだし、頑張ってどうにかするものでもないから。
まあ、そうなんだなくらいでいい。
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