Design Work:砂丘を「月面世界」に拡張する環境デザイン(デジタル編)
前編(砂丘を「月面世界」に拡張する環境デザイン / アナログ編)に続き、宇宙飛行士エンターテイメント「月面極地探査実験A」が生まれるまでのデザインプロセスについて、今回はデジタル編をお届けする。
▶︎前編(アナログ編)はコチラから
Point 1. 両手を解放したARグラス
鳥取砂丘の環境そのものが月面を想起させるポテンシャルが既に高い中、そのイメージを補強するツールとして、今回「AR技術(ARグラス)」を導入。採用されたのは、当時(2021)の日本では初導入のGoogle製のAR Smart Glasses「NrealLight」。5G対応のスマートフォン接続型で、現実空間にAR(拡張現実)コンテンツを出現させるスマートグラスだ。
小型化・軽量化に成功したスマートグラスの最大の利点は「両手を解放する」ことにあった。人類が四足歩行から二足歩行に進化する過程で、視野を拡げ、多くのものを見つけ、道具を発明してきたように。手ぶらになった両手は、被験者(宇宙飛行士)の視野と行動範囲を拡げる。ARグラスの導入により、体験デザインの自由度がアップした。
Point 2. 能動体験としてのミッション
本プログラムでは、月に人が行き交う未来を想定し、宇宙飛行士として月面都市の設計に従事する体験を提供する。そのミッションを事前に共有した上で、宇宙飛行士としての被験者を全国から募集した。
ARグラスによって自由になった両手は、月面での生活資源を確保するためのミッション、すなわち能動的な体験に使うことができる。具体的には、電源となる「太陽光」を集めるための集光パネルの設置、活動エネルギーとしての「水」の探査、建築素材となる「砂(レゴリス)」の採集などのミッションを設定した。
テーマごとに区画化された各地点で、宇宙飛行士(被験者)はパートナーとともにミッションを遂行する。そして、旗を立てる、パネルを設置する、氷を割る、砂をすくうといった具体的なアクションがシグナル(信号)となり、ARグラス上に行為に関連したコンテンツが展開される設計を施した。アクションなしにコンテンツなしだ。
Point 3. 野生に還るためのテクノロジー
宇宙飛行士さならがのミッションを被験者に課すことで、能動的なアクションを引き出していく。自らのアクションと連動して、月面世界の様子が刻々と変化し、やがて月面都市の輪郭が見えてくる。
生活環境が整っていない月面では、呼吸や食料の確保、住環境の整備などに必要となるエネルギーを自ら調達する必要がある。したがって、宇宙飛行士のミッションは、自ずとエネルギーの源泉にふれる作業が多くなる。これは裏を返すと、生活に必要なものを自ら調達する必要性が低くなった現代社会で忘れてしまった、あるいは鈍くなった感覚を再生する機会として、体験価値を宿していると読むこともできる。
限られた資源しかない(=限られてはいるが資源はある)環境で、仲間と協力しながら、どのように生活環境を構築していくか。地球から38万キロ離れた極地だからこそ、立ち止まって考えることができる「問い」なのかもしれない。
AR技術(拡張現実)の本質は「場」がもつ潜在的な価値を引き出すところにある。言い換えれば、その場の見えないものを可視化し、それとの関係性を活性化させるということだ。本体験では「砂丘」と「月面」、「原始」と「未来」といった一見相容れない対称的な要素をその場に同居させることにより、被験者を揺さぶった。
環境(ネイチャー)と技術(デジタル)がお互いの価値を引き立て合うとき、月面探査という「近未来的」な状況下での「原始的」な行為が不思議と楽しくなる。そのとき、デジタル技術はリアルな環境に根付く「野生」を引き出しているのだ。
Point 4. VR体験のコンテキストデザイン
AR技術を中心に据えた一連の体験プロセスの中で、砂丘の景色(現実)をシャットダウンする没入時間として「VR体験」も戦略的にセットした。
VR体験(仮想現実)を適用したのは、体験の序盤と終盤の2ポイントだ。序盤は、宇宙船に乗って砂丘(地球)から月面に移動する場面。
終盤は過酷なミッションをこなした後、月面都市に設られた茶室から夜空に浮かぶ地球のすがたを眺める場面だ。
VR体験だけに終始すれば、視覚世界に閉じ込められ、他の感覚器官が稼働しにくい。逆にAR体験だけでは、現実世界が色濃く残ってしまい、砂丘を月面に感じ切れないといった体験世界へのモード切り替えが起こりにくい。
そういった視点を踏まえて、本体験ではVRとARを組み合わせた構成を採用した。月面探査が始まる「序盤」と、月面での一連のミッションを終えてホームシックになる「終盤」。文脈(コンテキスト)としての体験の流れを踏まえながら、「地球から月面へ」、「月面から地球へ」、強いモードの切り替えが必要なポイントに没入時間(VR)を配置した。
仮想現実(VR)の体験は、どのポイントにどんな内容で配置するかによって、それに続く体験の「流れ(フロー)」を左右するとともに、前後の文脈によってはそれ自身の「強度(インパクト)」も変動してしまう。そのため、時間や空間を含む「場」の文脈を読みながらセットする必要がある。
XR技術(AR・VR)はそれを稼働させるリアルな環境(場所)とシンクロしながら、被験者の想像力(=見立て力)を補強するツールとして働いた時に、仮想現実でも現実拡張でもない「もうひとつの世界」を現出させるかもしれない。一連の体験デザインを通じて、その可能性を見つけることができた。
▶︎前編(アナログ編)はコチラから
▶︎環境デザインの詳細説明(講演)
Youtubeからは講演映像をご覧いただけます。
再生時間は「▶︎ 1:19:39〜」。
▶︎月面極地探査実験A 特設サイト
All Photo by Ami Harita(Moon Photographer)