Design Work:テクノロジーに「哲学」を建設するデザイン(人工衛星)
掌の上のモバイル通信から、現在地と目的地をつなぐ位置情報、数時間後の天気予報まで。人工衛星はわたしたちの生活に密着した存在となった。
一方で、僅か1ヶ月の間に50基を超える新たな衛星が打ち上げられ、そのスピードは加速を続けている。地球の隅々までヒトによる開発の手が及び、人工衛星によって地球全体に通信・観測の網目が張られる時代。地上で生活するわたしたちにはどのような振る舞いが求められるだろうか。
人工衛星が得意とするの3つの領域(通信・測位・観測)のうち、「観測」領域において衛星データの解析システムの開発を行うベンチャー企業(SPACE SHIFT Inc.)のコーポレートデザインに携わった。ヒトとテクノロジーがどのように手を組むべきか、その検討プロセスの一端をシェアしたい。
1. ヒトは宇宙の片田舎しか見えていない
宇宙空間を周回する人工衛星からなにを捉えることができるのか。それを知るためには、まず「ヒトの目」について改めて確認しておく必要がある。理科の授業で習ったX線、紫外線、可視光線、赤外線、電波といった「光の波長」を思い出したい。
下の図は、光の全波長のうち、ヒトの目が捉えることができる範囲、すなわち可視光線(Visible light)を表している。ヒトの目では、光の全波長のごく一部(400-800nm)しか認識することができていないことが改めてよく分かる。鳥や昆虫がキャッチする紫外線(Ultra-violet)も、蛇がキャッチする赤外線(Infrared)も、大量に使っている電波(Radio waves)も見ることはできない。
後述する人工衛星(SAR衛星)の観測では、電波(マイクロ波 / 約0.1cm〜100cm)の仕組みが使われるため、ヒトの視覚では認識できない地上の変化を検出することができる。
わたしたちが眼前の美しい世界を網膜に余すことなく映した気分に浸っていても、波長レベルでいえば、それは”宇宙の片田舎”にすぎない。それが少し悲しい現実である。
2. 視覚を拡張する衛星データの世界
さて、衛星データからは何を読み取ることができるのか?
人工衛星には大きく分けて「光学衛星」と「SAR衛星」の2種類がある。「光学衛星」は人間の眼やカメラと同じ原理を用い、地上の物体そのもの(色や形)を捉えることができる一方、「SAR衛星」は電波(レーダー)の仕組みを応用し、物体や地盤の形状や材質を捉えることができる。
また、カラー画像で視覚的に捉えやすい「光学衛星」のデータに対し、エコー写真に似たモノクロ画像の「SAR衛星」のデータは視覚での判別が難しいという課題がある。
SPACE SHIFTは、SAR衛星の画像データを観測対象物ごとに学習させた独自のAIアルゴリズムを開発し、衛星画像から目的の対象物やその変化を自動で検出する仕組みを構築している。
SAR衛星データの解析技術が向上することにより、宇宙空間からヒトの視覚では認識できない地盤ミリ単位といったミクロな変化まで捉えることが可能となる。鳥の目・虫の目・魚の目を欲する人類にとって、衛星データ(衛星の目)で自身の目を補うことは、視覚を拡張する一助となるだろう。
ただ、宇宙や人工衛星というワードからは、大規模で広範囲なマクロ世界を漠然とイメージしがちだが、ここでは「足下の見えていない世界」の認識を拡げることに大きな意味が潜む。
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3. 人間社会と自然環境の「あいだ」
衛星データは、海上から港湾、都市、郊外、農地、森林に至る広範囲をミクロレベルかつリアルタイムに捉えることができる。ただ、データはあくまでも地球の状態や変化をリアルに映しとるものであり、それをどう読み取り、活用するかはヒトに委ねられる。
例えば、都心部の老朽化したインフラ周りで発生する地盤の変化(隆起・沈下)。自然災害が多発する中で二次災害のリスクが高い盛土の有無。農地における農作物の精緻な生育・収穫状況など。
衛星データを介して、ヒトには認識できない状況をキャッチした時、それをどのように扱うことで、自然や社会に有効な「手入れ」を生み出していくことができるだろうか。
意図的な情報格差を通じたビジネスベネフィットの偏向が特定の社会や環境を圧迫してきた歴史を踏まえれば、衛星データにも一定のオープン性が求められる。衛星データは、管理者や生産者、株主、消費者、地域といったステークホルダー間で共有・協議されるとき、すなわちそれを土台にした「考える機会」を社会に創出するときにこそ存在価値が高まるのではないか。
その認識に立ち、人工衛星を社会活動(Human Society)と自然環境(Environment)それぞれの文脈を媒介する位置に配置し、衛星データを起点に多視点で持続可能な行動が検討・形成される状態をつくることをビジョン(事業のあるべき姿)として昇華していった。
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4. 「さわる」 と 「ふれる」の倫理
ヒトの目で見えている限定的な世界としての可視光線の話から、視覚を拡張するSAR衛星、衛星データの社会におけるポジショニングなどを整理してきた。最後に、これらの検討プロセスを踏まえて制作したキービジュアル(下図)について紹介したい。
二つの手が並んでいるが、上の手が自然環境(Environment)、下の手が社会活動(Human Society)を表現している。前述した自然環境と社会活動の「あいだ」を媒介する人工衛星が織りなす世界のイメージだ。
また、形状や材質といった「触覚的」な情報を提供するSAR衛星の特徴と、その解析データを用いて環境に「手入れ」を行うヒトの姿を両義的に表現する状態として「ふれる」という動的コンセプトを導いた。
「ふれる」に近い動詞に「さわる」がある。「さわる」と「ふれる」の微妙に異なるニュアンスを比較しながら、ここでは衛星データを活用するユーザーの心構えとして「ふれる」状態を重視した。
一方的に他者や環境を管理・開発するスタンスの強い「さわる」に対して、「ふれる」は相互的な交流プロセスを経た後のケアを感じさせる。地球の隅々までヒトによる開発の手が及んだ時代、環境の見直しやメンテナンスとしての「手入れ」が必要な場所は多い。衛星データは、そんな場面に親切に「ふれる」テクノロジーとして、ヒトの「手入れ」を引き出す存在として社会で機能することを期待したい。
ヒトの感覚や経験だけがすべてではないから、科学のチカラを、宇宙空間からの視点を借りるように。人工衛星(=衛星データ)をパワーツールではなく、ハンドツールとして機能させることを志し、テクノロジーを用いる上での作法として「哲学」をデザインした。
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