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Design Work:砂丘を「月面世界」に拡張する環境デザイン(アナログ編)

鳥取砂丘の裏側に「月面世界」があることをご存知だろうか。

夜間の砂丘を舞台にした月面エンターテイメントをはじめ、月面環境を想定したさまざまな実証実験が動き出している。

そのムーブメントの皮切りとなった、XR技術を用いて宇宙体験コンテンツを制作する技術者集団amulapo Inc.が主催した宇宙飛行士エンターテイメント「月面極地探査実験A」。星ノ鳥通信舎は、総合プロデューサーとしてコンセプトメイキングから体験プロトタイプの設計、キービジュアルデザイン、WEBデザイン、オブジェクト制作を担当した。

● 月面極地探査実験Aとは
鳥取砂丘を舞台にした宇宙飛行士エンターテイメント。砂丘環境(ネイチャー)とAR技術(デジタル)を融合してつくられた月面環境に宇宙飛行士として入月し、月面都市を設計するための様々なミッションを遂行する体験型プログラム。実証実験(2021)を経て、現在は不定期で開催中。

鳥取砂丘を「月面世界」に変換・拡張したエンターテイメントがどのように生まれたのか。そのデザインプロセスをアナログ編・デジタル編の二部に分けてお届けする。

鳥取砂丘から眺める月(2020.11.28)

STEP1. 宇宙飛行士として環境を探査リサーチする

プロジェクトは木枯らしが吹く晩秋(2020)にスタートし、舞台となる鳥取砂丘のフィールドリサーチは寒空の下行われた。リサーチ期間は市内のカプセルホテル(閉鎖的な生活環境)と砂丘(月面)を往復し、可能な限り”宇宙飛行士モード”を保つように工夫した。朝・昼・夜さまざまな時間帯に砂丘に赴くことで、月面さながらの厳しい寒暖差を肌で感じた。

夜間の砂丘は月面さながらである(PM10:00)
サーチライトを頼りに環境を探査する(AM2:00)

「宇宙飛行士モード」で砂丘を歩く歩く。それだけで目の前の景色やものの見え方が月面さながらに変わっていく。モードをつくるとは「全身を使った見立て運動」とも言えるが、今回のような没入体験をデザインするフィールドリサーチには必要不可欠な行為だった。

砂質、砂紋、起伏、岩石、冷気、クレーターのような穴、不時着した人工衛星の残骸のようなごみ月面との類似点や砂丘ならではの特徴点を景観・地質・物質レベルで採集していった。

クレータのような穴(AM3:00)
丘の斜面に転がる石(AM4:00)
岩石の表面の水分(AM4:20)
砂丘海岸に漂流した海洋ゴミ(PM5:30)

「ここが月面で、ここで生活しなければならないとしたら…」。そんな思考実験を繰り返しながら、環境を探査する過程で、砂丘も月面も限られた資源しか存在しない「有限世界」であるという共通項を発見。最終的に体験コンセプトに据えられることになるテーマをこの時は身体でぼんやりと獲得していた。

STEP2. あたかもをブリコラージュする

採集した素材をブリコラージュした「月面世界」

フィールドリサーチ後、砂丘で採集した素材をブリコラージュした(寄せ集めた)ビジュアルを制作。この作業を通じて、「あたかも」月面な世界を砂丘という現実の上に「あいまい」な界面として落としていくリズムを関係者と共有。

この時点で、鳥取砂丘の環境そのものが月面環境を想起させるポテンシャルが高いことを確認し、今回活用するAR技術(ARグラス)はあくまでもその見立てを補うツールであること。すなわち、被験者と環境の直接的な関係性を優先し、AR技術はその関係性を補強するものとして位置付けた。

STEP3. 物語から体験フローを構成する

次に、フィールドリサーチを通じた身体的経験を「ものがたり」に変換。

月面も、砂丘も、景色一面に砂世界が広がり、岩が鎮座する。それはまるで広大な「枯山水」を思わせる。鑑賞者の想像力で水の流れ(気配)を感じさせる「枯山水」と同様に、地下に氷が眠る「月面」においても表面上は水の存在が分かりにくい。どちらも水があるのか・ないのかが曖昧な世界である。

月面を探査する宇宙飛行士にとっては、水はエネルギーとしての「水素」と、呼吸源としての「酸素」に分解される貴重な資源でもある。

詩 / 枯山水星都市(構想段階)
枯山水星都市一丁目
地球から約三八万キロ離れた月面に降り立つ。
一面の砂世界。波打つ砂紋。鎮座する岩。
ここは枯山水か。いや、月面か。

喜び、悲しみ、賛美、恐れ。
月に投じた感情の数々。
地球も、人間も、月の引力に誘われた。
眺めてきた月に、いまいる。兎よ、どこに。

随分と遠くまで来た。二〇二一年。
新幹線で約二ヶ月間走り続けた距離だとか。
地球が、フルサトが、頭上に浮かぶ。

地下に眠る氷を見つけました。
基地をつくれそうな地下の穴ありました。
これで生活もできましょう。
枯山水に、水流るるは月面の都。

二〇四〇年。地球から月に
ヒトや物資を積んだ定期便が。

眺める対象だった月に ウサギではなくヒトがいる。
そのとき、わたしはどこからなにを眺めよう。

この物語をベースにして、被験者自身が「宇宙飛行士」となり、月面(砂丘)を探査する体験方式が生まれた。そして、月面さながらの氷点下の鳥取砂丘(=極地)で行われる体験自体は、被験者一人ひとりにとって「実験的」であることをコンセプトに据え、「月面極地探査実験A」というネーミングを付与した。

キービジュアル / 月面極地探査実験A
エリア探査MAPは枯山水調に

STEP4. 月面砂丘のアフォーダンスをつくる

そして、物語やコンセプトを携えて、もう一度砂丘へ。

具体的な体験を設計していく上では、二つの課題をクリアする必要があった。ひとつは、国立記念公園に指定される鳥取砂丘の環境を保護すること。景観や生態系に配慮した環境利用のありかたを模索した。もうひとつは、宇宙飛行士が実際に月面で行う探査活動の内容を体験に落とし込むこと。

ここで、フィールドリサーチで発見した砂丘と月面の共通項としての「有限世界(砂丘も月面も限られた資源しか存在しない)」が二つの課題に横串をさすヒントをくれた。つまり、月面にある資源で月面生活をクリエイトしなければならないように、砂丘にある資源を最大限利用して体験をクリエイトすることを制作サイドのミッションとしたのだ。

砂丘に漂着した海洋ゴミ

砂丘には海から流れ込んだ海洋ゴミが多く点在する。これを体験資源として活用(回収)することで、環境を利用しながら保護する担い手になることを目指した。そして、ゴミを体験資源に加工する上では「アフォーダンス(※1)」を用いて発想していった。

※1) アフォーダンス(affordance)
物が持つ形や色、材質などがその物自体の扱い方を説明しているという考え方。今回の実験では、月面に見立てた砂丘に転がるゴミ自体が、月面体験上における扱い方を教えてくれているという意識で、ゴミに新しい用途を見出していった。

宇宙飛行士が月面で行う探査活動を念頭に置きながら、転がるゴミのアフォーダンスを発見していく。浜辺に流れ着いた旗は月面の着陸地点に立てる旗に使えるのでは?とか、海水が入った巨大なタンクは水の電気分解装置機としていいな〜!など、現地に転がるものとの対話から体験内容を構成していった。

海洋ゴミ(海軍の旗)を着陸旗に
海洋ゴミ(タンク)を水電気分解装置に
建築素材となる砂はそのまま使える
氷点下の環境をそのまま使う

フィールドリサーチに始まり、コンセプト・デザインワークを経て、もう一度フィールドワークへ。この一連のプロセスを通じて、まずは体験の基礎となるコンセプトや内容を具体化していった。そして、次の課題はエンターテイメントとしての体験価値をつくるために、本事業のコア技術である「XR技術(AR / VR)」をどのように組み合わせていくのか。後編の「デジタル編」では、そのポイントをご紹介する。

▶︎▶︎ 後編(デジタル編)はコチラ

▶︎▶︎ 月面極地探査実験A 特設サイト

All Photo by Ami Harita(Moon Photographer)