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【名サウナ紀行 vol.1】 聖地「静岡しきじ」他

 幼い頃、家にサウナがあった。

 市川の実家。
 建て替える前の小さな一軒家の洗面所に。

 そこにドカンと鎮座するのが父専用のサウナだった。洗面所の半分くらいがサウナで埋まっていた気もする。時々遊びで一緒に入らせてもらったが、じっとしているのがつまらなかった。何が楽しくてこんなものに入るのか。
 物心ついた頃、当たり前にそこにあったので疑問を抱かなかった。

 この製品ではないのだが、雰囲気はこういう感じである。実家にあったサウナは、座ると正面側にドアがあった。
 父はよくサウナで何か読んでいた。横山光輝の漫画『三国志』、『美味しんぼ』、雑誌もあった。いい感じに集中できる個室だったのかもしれない。
 だが家の建て替えを機に捨ててしまった。単純に、ボロくなったから廃棄したそうな。

 幼い頃から、物凄く身近にサウナがある環境。
 英才教育を受けて育ったようなものだが、私がサウナに目覚めるのには時間がかかった。聖地での洗礼を受けたとき、35歳。

 35歳といえば、土方歳三が函館五稜郭で戦死し、芥川龍之介が自殺した年齢である。サウナの良さも知らないで。彼らの分までととのおう。
 
 これは35歳から始まる私とサウナを巡る物語である。

 さて、多くの人が読んだであろう漫画を私も読んだ。
 タナカカツキ先生のマンガ『サ道』である。

 特に1巻はこれ以上ないサウナ入門だ。様々なサウナマナーが学べる。なにより「ととのう」とはどういう事か、初めてビジュアル言語化されたのが本書である。
 2021年、ユーキャンの新語・流行語大賞に「ととのう」がノミネートされた。この言葉はプロサウナー・濡れ頭巾ちゃんが生み出し、本書によって広まったとされる。

 『キャプテン翼』を読んでサッカーを始めたり、『スラムダンク』でバスケを始めたりするのと同じように、『サ道』を読んでサウナを始めた人間はとにかく多い。  

 タナカカツキ先生は日本サウナ界を大いに発展させた人物。
 日本サウナ協会公認の「サウナ大使」もむべなるかな。
 早く『情熱大陸』で密着取材すべき人物である。

 漫画は2016年の発売だが、私はずっと後になってから読み「間違ってなかった!同じ気持ちの人がいた!」と大変勇気付けられた。
 未読の方は1巻だけでも、まずは読むのをオススメしたい。
 
 ちなみに、ととのうとは何か?
 医学的な見地からの解説はこちらに詳しい。

  「熱い・冷たい」を繰り返すことで、身体はリラックス状態なのに脳は興奮状態になる。この時に感じられる高揚感を「ととのう」と呼ぶ。ただし時間は意外と短い。アドレナリンが代謝されるまでの約2分間に過ぎないと言う。

 私はこの「ととのう」が、言葉としてしっくり来ていなかった。
 感覚的にはむしろ「キマる」に近い。
 
 タナカカツキ先生も「サウナトランス」と表現している。そう、一番キマった時は、一種のトランス状態になる。
 ガーデンチェアに腰掛けながら、口半開きで、これ以上ない高揚感に揺蕩う。
 
 フラクタル、マンデルブロ集合が連続する動画のように、ぐわんぐわん。
 
 あるいは、サイケデリックなマーブリング模様のループをみるように、でれんでれん。

 頭の中はそんな感じである。

 ぐわんぐわん、でれんでれん、揺れる。
 だから全然、整理整頓の「整」の字を使うような整い方はしていない。
 キマってる!ガンギマリ!あー気持ちE!って感じなのだ。

 サウナで得られる感覚は、官能と快楽の世界のそれに近い。

 酒でも女でもロックでもない。
 ましてやドラッグでもない、合法的トビカタ。
 それがサウナである。

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【聖地! 静岡サウナしきじ】

 初探訪は2016年4月19日。
 かねてから「しきじ凄い」「しきじ素晴らしい」「水風呂の水が神」そんな噂を聞いていた。どうにかしきじに行きたい。
 私はまた、公私混同の達人でもある。答えは簡単だ。
 「静岡での仕事」を作ってしまえば良い。

 そうと決めたらすぐ動く。静岡に行くべくリサーチし、企画書を作って上に通した。瞬く間に「会社の金でしきじに行く権利」を獲得したのである。
 自腹を切らないだけでなく、水風呂に入っている時も給料発生である。
 そんなことを書いているとなんだか自分が悪いやつに思えてきた。
 でも、ビジネスホテルに泊まるより安く済むし、経費も節約できている。数千円ではあるが、良い心掛けの社員である。(えっへん。)

 全国のサウナ愛好家が目指す「サウナーの聖地」。それがしきじである。

 私はここで開眼してしまった。
 特に「薬草サウナ」、なんて素晴らしいんだ!
 
 12種類の薬草をブレンドし、ミネラルたっぷり「しきじの水」で蒸発させたサウナである。鼻腔を心地よく刺激する薬草の香り。五感で感じるエスニック。当時35歳。今までに体験したことのない感覚だった。
 
 サウナを出たら、滝となって流れ落ちる天然水ドバドバ水風呂へ。
 滝に頭からうたれながら、両手を広げてGLAYのTERUの格好になる。
    
    時に愛はふたりを試してる
    Because I love you
    中略で、
    Oh!溺れてみたい!

 滝の水もそのままちょっと飲んじゃう。嗚呼、このまま水風呂に溺れててもいい。水とカラダが一体になって行く感覚とはまさにこのこと。天然ミネラルが溶け出した富士山の伏流水。大自然が作り出したH2O。大人の階段登る、曲はよく知ってるけど、歌ってる人の顔が、浮かんでこないのなんでだろね。

 聖地での洗礼を受けた。
 サウナって素晴らしいんだな。

 食堂で豚汁を食べながら、かつての実家にあったサウナに思いを馳せた。この味噌汁もあの水風呂と同じ「しきじ水」で出来ているらしい。ありがたく飲み干す。
 
 それから3年連続、自分から作らなくても静岡での仕事が舞い込み、私はその都度「しきじ行き」を真っ先に旅程に組み込んだ。

 私は行く度にその素晴らしさを実感。
 サウナに少しでも興味を持つ人間を見つけるや、しきじの素晴らしさをコンコンと説く鬱陶しい伝道師になったのである。

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【きめ細やかさに感動!川崎・朝日湯源泉ゆいる】

 サウナで得られるものは、官能である。
 結局こう書いてしまう自分が情けないのだが、サウナ施設は女性に例えられる。
 いつも通っている近所のサウナもいいが、たまに違う施設に入ってみるとその素晴らしさに感動しつつ、近所のサウナの良さも再確認したりする。
 朝日湯源泉ゆいるは、唯井まひろちゃんだと思った。
 この場合なぜそうなのか、共通点をレトリカルに修辞すべきであるが、下品なのでしない。感覚だけ伝えておく。SODstar、唯井まひろちゃんである。
 
 私は静岡しきじでサウナに目覚めながらも、熱心なサウナファンにはなっていなかった。
 最初に最高の味を覚えたのがよくない。
 「サウナと言えばしきじ脳」に支配され、それ以外を探求する気持ちが失せていたのだ。

 だが、「サウナ施設はしきじ以外にもいい所が色々あるよ」と情報が届くようになる。様々な雑誌も特集を組んだ。ちょうど、静岡に行く機会がすっかりなくなっていた。
 仕方がない。私は積極的に様々な施設に出向くようになる。

 最近行って感動したのが「朝日湯源泉ゆいる」だった。
 
 たまたま、いいタイミングで「アウフグース」を体験できた。
 サウナストーンにアロマ水をかけたときに発生する蒸気が、ロウリュウ。このロウリュウで立ち昇った蒸気をタオルなどであおぐ行為がアウフグースである。ドイツ発祥で、「アウフグース」とはドイツ語だそうだ。

 ゆいるの熱波師、古今さん。若い。ちょっと私の弟にも似ていて親近感が湧いた。
 サウナ室にブルートゥーススピーカーが持ち込まれる。布袋寅泰に続いて、反町隆史「ポイズン」が流れた。リズムに合わせて熱波師がタオルを振る。
 熱っつい!
 全身から汗が吹き出した。

 タオルさばき芸も素晴らしい。
 声を出さずに拍手で健闘を讃えた。

 水深150cmの水風呂には立ったまま入る。これも面白い。ドボンと浸かって冷えた身体をガーデンチェアに預ける。すると、じんわり気持ち良さが押し寄せてきた。
 そんな私の所へ先ほど熱波師、古今さん。
 「失礼します」と行って、なんとタオルをで風を送ってくれるではないか。
 「ちょっと待って、何このサービスヤバッ! 神? 素晴らしすぎてどうにかなりそうなんですけど!」
 私の中のみちょぱがそう言っていた。

 かつて銭湯で客の背中を流した三助さんは今、熱波師となったんだな。
 ここもかつて銭湯だった朝日湯。それが4年の歳月を経て、大規模リニューアルして、いま連日サウナ愛好家たちの人気店になっている。

 1階のレストランも綺麗だし、お水とコーヒーがセルフで飲み放題。バナナアーモンドジュース、最高だった。
 3階にはまったりできるスペースがあって、全身骨抜きにされる。

 いつも行く近所のスーパー銭湯が麻美ゆまさんなら、朝日湯源泉ゆいるは唯井まひろちゃん。
 わかるかなぁ〜わかんねぇだろうな〜。

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【いぶし銀! 湯乃泉 草加健康センター】

 朝日湯源泉ゆいるを唯井まひろに喩えたくせに、その世界観を一旦忘れる。
 草加健康センターの私的イメージキャラクターは小林薫さんである。ドラマ「深夜食堂」で見せる「作れるものならなんでも作るよ」の、あの小林薫の感がある。

 大衆的で、気取りがない。
 客層がいい。近所のおじいさんもいっぱいいるし、サウナジャンキーもそこそこに混じってる。
 皆それぞれマイペースで薬効風呂だったり、外気浴を楽しんでいたりする。それがいい。
 安心して身を委ねられる。

 実は、安心できない施設もあるのだ。

 私なぞ影響力がないから書いちゃうが、上野の「サウナカプセルホテル北欧」の再訪は多分無い。
 なんだか居心地が悪かった。
 その原因は、他の客からの視線をすごく感じる点にある。
 北欧は圧倒的に客層が若い。おそらく20代〜40代がコア層。若き常連と、サウナビギナーが入り混じっている。「お前は初心者か?どっちだ?」みたいな目で見られているような気分になった。
 予約制とは言えそれなりの人数を許容している。だから、サウナ室に入るのに列ができる。待たなきゃならないのもマイナスポイント。サウナなんて自分のリズムで入りたい。
 おそらく、他の客の出方を伺わないとサウナ室に入れないから、「観察」が始まってしまうんだろう。それが残念な原因かもしれない。
 北欧は設備もサービスも良いし、特製カレーも美味い。もう少し入場の制限をしてして欲しいと感じてしまったのだ。
 
 そこへ行くと、「草加健康センター」は設備は古いし、外観はダサい。
 だけど、サウナスパランキング全国1位。どういうわけだろう?

 これは、言葉を尽くすより体験すればわかる。
  
 かっこいいデザインなんか必要ないんだよ。
 サウナの温度と水風呂の温度、これがしっかりしてること。
 これで気持ちよくととのえれば、それ以上のことはないんだから。
 
 「深夜食堂」の小林薫さんに、
 そう言われているような施設なのだ。

 現に私は、ここで1回戦からめちゃくちゃキマってしまった。
 
 ドーパミン大放出。
 「だからか!これが1位の実力か!」と昇天しまくった。

 サウナを出たらすぐに外気浴。
 「露天」水風呂なのもいい。
 良い施設に行く度に、近所にあったらいいのに!と嘆いている私である。

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次回予告

 この頃のサウナには、大きく「黙」の字のポスターが貼ってあり、騒がしい連中がいないのが実に良い。しかし、その分テレビがうるさく感じるようになった。

 私はサウナ室のテレビ不要派である。

 「サウナでととのう」とは、単に身体的な現象ではない。脳の疲労度も関係してくる。

 ある時、仕事前の朝10時から草加健康センターに突撃してみた。王様の気分である。みんな働き始めているのに俺はサウナだぜ!ウッヘッヘ!

 でも王様、トランスするほどの快感に至らなかった。
 
 原因の1つがサウナ室のテレビである。
 報じられるニュースが気になってしまうのだ。そして、なんとなく俗世間との繋がっている自分を意識してしまう。これからやらなければならない仕事が一つ一つ頭をもたげてくる。
 もはや王様ではない。

 朝イチだから身体も疲れていないし、脳は仕事モード。強制的に「熱い・冷たい」を身体に強いただけ。そんな状態でととのうわけないんだなと実感した。

 一日の仕事を終え、リフレッシュとしてサウナに入る。それが正解だ。
 熱されながら、ぼんやりと「いろいろあるけど、まぁいいか」と思考を休ませてあげる。それが至福なわけだから、サウナ室のテレビはいらない。

 クイズ番組を見始めた日にゃ、答えが気になってCM明けまで耐えなきゃなんない。ゴールデン帯だと3分くらい待つ事もある。サウナ室での3分なんて罰ゲームである。
 お笑いウルトラクイズでサウナに閉じ込められたビートたけしじゃないんだから!(長っ!)

 名サウナ紀行、次回は。

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