即興曲 たくさんの動物の内臓を見たら逃げ出す

恋人の家へ行く。彼女の父親に会う。私と彼女はアマチュアの作曲家で、ピアニストだ。

彼女は不安そうな顔で「お父さんは『動物の死骸を見たら』というタイトルの楽曲を弾くように、命令すると思う。今までもそうだったから」と言った。

『動物の死骸を見たら』というタイトルの楽曲なんて存在しない。無理難題な要求をしてくる父親だということを、恋人は教えてくれた。即興曲を作るしかないということだ。私は頭の中で架空の音楽を思い描いた。

恋人の家につく。恋人の父親は厳格な面持ちで、リビングに立っている。

「『ジェリーがたくさんの動物の内臓を見たら逃げ出す』という楽曲を弾け」と父親が言った。彼女の言っていた話と違う。父親の隣に立つ彼女の顔は真っ青だ。

私は黙って椅子に座ってピアノを弾く。即興で弾く。暗い曲調から、次第に優しげな雰囲気の曲調へ。最初は「無理だろう」と言わんばかりにふんぞりかえっていた父親の顔色が変わっていった。

弾き終える。恋人の父親は、あんな不穏なタイトルから何故優しげな雰囲気の曲調に終わらせていったのだ、と私に尋ねた。

「内臓は肝のこと。肝っ玉が据わっているということだ。ジェリーは勇気を出して、逃げ出した。即興曲を弾くピアニストが、恋人を連れ出して。つまり、恋人と共に駆け落ちをしてハッピーエンドになった。そういう曲でしょう?」と私は答えた。

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