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就活ガール#252 昔と今の就活の比較

これはある日のこと、キャリアセンター前のカフェで同級生の美柑に就活の相談をしていた時のことだ。

「なぁ、就活って体力がいるよな。」
「そうね。就活全体としては長期戦だし、一つ一つの選考を見ると短期戦だけど、いずれにしても体力は必要だと思うわ。」
「昔の就活生って全部対面で面接してたんだろ。」
「そうよ。説明会から全部対面。ついでにいうと交通費はほぼ全部自腹よ。」
「え、自腹なのか。」
「稀に最終面接くらいは交通費を出してくれる企業もあったけどね。そもそも自分の意志で面接を受けに来てるんだから、自分で負担するのが当然でしょ。」
「その感覚は俺とはだいぶ違うな。」
「今は対面の面接をする企業が避けられる傾向があるし、そもそも売り手市場だから、交通費を出すようになってるのよ。これが今後のスタンダードになるのか、一時的なものなのかはわからないけどね。」
「複数の会社の面接を近い日程にして重複して交通費をもらってお金を稼ぐっていうのもできなかったんだな。」
「当然よ。そんなことできるわけないじゃない。地方の学生のなかには、わざわざ東京にマンスリーマンションを借りて住みこんで就活をしてる人だっていたのよ。」
「マジかよ……。」
「ええ。首都圏以外に住んでると、交通費だけでも100万円近くかかる人はザラにいたのよ。」
「大変だなぁ。お金もそうだけど、単純に毎回スーツを着てオフィスにいくだけでもだるいし。」
「そうそう。面接だけじゃなくて説明会や適性検査、グループディスカッションなども全部対面だからね。」
「えっ適性検査も?」
「適性検査は2000年代中盤くらいからウェブ化が進んだわね。それでも会場に集まって紙と鉛筆で問題を解く企業はその後もしばらく残ってたわ。」
「そんな企業、いまなら誰も応募しないだろ。」

「そうね。今の常識に慣れてるとそうだと思うわ。でも、こういう時代の話を聞くと、自分がいかに甘えた根性をしてるってわかるんじゃないかしら。」
「たしかに。」
「で、私たちはそういう就活を乗り越えてきた人達と一緒に働いていくのよ。数年の差なんて企業内ではほぼ変わらないようなものだし、出世レースのライバルになるわ。レースに参加しないとしても、単純に自分たちと同じレベルの気合いや根性を後輩にも求める先輩は珍しくないわよ。」
「入社する前から勝てる気がしないんだが。」
「せいぜい根性を鍛えなおすことね。」

「でもさ、逆に俺たちの方が大変なことだってあるだろ?」
「例えば何かしら。」
「そうだな。就活の早期化とか。」
「なに言ってんのよ。これでも遅いくらいよ。」
「えぇ……。」
「2015年くらいまでは、3年生の10月が一斉解禁日だったのよ。」
「今は6月だから今の方が早いだろ。」
「それはインターンシップの話でしょ。当時は10月が本選考の解禁日だったの。大手求人サイトが公開される日っていえばわかりやすいかしら?」
「そうだったのか……。俺たちは3年生の3月だから、5か月くらい早いんだな。」
「ええ、そうよ。で、今と同じように当時だってフライングをする企業は珍しくなかったから、実質的には3年生の6月くらいから始まってたわね。」
「今は別に特別早期化してるわけでもなかったんだな。でも、それだとインターンシップは2年生の頃にやってたのか?」

「そこが今との大きな違いと言えるわね。たしかに昔もインターンシップはあったんだけど、今ほど積極的な企業が少なかったわ。選考と関係がないってことはないんだけど、インターンシップに参加しなくても十分内定を狙うことはできる企業がほとんどだった。」
「なるほど。」
「そういう意味ではインターンシップに参加することが事実上必須になっている今は大変ね。インターンシップを含めて実質的に3年生の6月くらいから動かないといけないっていう意味では昔も今も大差ないのかもしれないわ。」
「やっぱりそれくらいの時期が分水嶺なんだな。」
「ええ。おそくともこの時期に動き始めることが必要だと思うわ。ちなみにOB訪問についても同じよ。」
「同じ?」
「昔は今ほど重要視されてなかったってこと。」
「そうなんだ。むしろ今よりも学歴とか学校の先輩とのつながりが重要なんだと思ってた。」
「昔も企業側がリクルーターって形で先輩社員を紹介してくれることはあったわ。ただ、自分からOB訪問先を探してる人は今よりも少なくて、していなかったとしても内定が出る余地は大きかったのよ。」
「OB訪問アプリとかができたのも最近だしなぁ。」

「そうそう。企業の口コミサイトとか就活の情報共有サイトは2010年くらいには既にあったと思うけど、それでも今ほど活発ではなかったわ。コミュニティなんていう文化もほとんどなかったしね。」
「情報を集めたり仲間を作るのが大変だった時代なんだな。」
「ええ。口コミの情報が重要で、つまるところ学歴が重要ってことね。レベルの低い大学だとレベルの低い仲間ばかり集まりがちだから。」
「選考を通して高学歴と仲良くなるとかして、自主的に就活という戦いの場に割って入っていく必要があったってことだな。」
「そんなところよ。まぁその分、他人と露骨に比較されることが少なくて平和な時代だったともいえるわね。」

「たしかに今は、インターネットで他人と比較して辛くなる人が結構いるもんなぁ。」
「そうそう。その辺は一長一短だと思うわ。とはいえ、インターネットの発達で格差が顕在化しただけで、格差自体は昔から存在していたと思うけどね。」
「知らない方が得ってことか。」
「そういう人もいるでしょうし、下克上してやるという熱意がある人にとっては、今のように情報や仲間を集めやすくなった時代のほうがやりやすいでしょうね。結局、今も昔もそれぞれ特徴があるだけで、どっちが良いとか悪いとかっていう単純比較はできないわ。」

「まぁそうだよな。昔はリーマンショック、民主党政権、東日本大震災とかいろいろあって、最近はコロナだろ。間の少しの期間ボーナスステージがあったってくらいか。」
「たしかに2016年卒くらいは比較的簡単だったかもしれないわ。とはいえ当時の人達だって必死でやらないと良い企業からの内定はでなかったはずよ。」
「そりゃそうだ。逆に言うと、どれだけ外部環境が悪くても、採用枠がある以上は絶対に勝てる道があるってことだもんな。」
「ええ、その通りね。それに、昔と今では企業が新卒に求めることも変わってるわ。」

「そうなんだ? 例えば?」
「昔よりも即戦力を求められるようになってるわね。もちろん新卒採用だからポテンシャル重視というのは今でも変わらないんだけど、昔に比べるとやっぱり、ね。」
「インターンシップから長い期間をかけて見られてるって感じがするし、ケース面接とかも最近でてきた概念だよな。」
「そうよね。あとはプログラミングのテストも難しくなってるらしいわ。新卒とはいえ大手企業ではやる気だけでは通用しない時代なんでしょうね。」

「そういえばメンバーシップ雇用からジョブ型雇用に代わってるとかって話も聞くしな。」
「そうそう。新卒の初任給が全員同じじゃない企業も増え始めてるしね。優秀な学生はいきなり年収1,000万円近い企業なんてのもあるでしょう?」
「あるある。転職が当たり前の世の中になってきてるから、昔みたいにとりあえず採用してから適性を見極めるみたいな時代じゃなくなってるんだな。」
「とはいえまだ過渡期だし、昔ながらの感じも十分残ってるとは思うけどね。これから本格的に新卒にもジョブ型雇用が広まるんじゃないかしら。」
「まだ今でも序の口ってことか……。」
「ええ。まぁ世代間の比較なんて気にしたところで、他の世代の人間になれるわけじゃないわ。あまり深く考えずに、目の前のことを頑張りましょう。」
「おう。今日もありがとう。」

そこまで話したところで会話を終えた。今日は昔と今の就活事情について話を聞くことができた。1年留年しているとはいえ俺と同級生の美柑がなぜここまで詳しいのかは謎であるが、いろいろと興味深かった。
オンライン面接が増えたことや交通費を企業側が負担してくれるようになったことはありがたい。これにより就活の快適さは段違いに上がっただろう。一方で、SNS等での交流が簡単にできるようになることで、今までであれば知ることもなかったような世界が見えるようになり、それが色々な弊害を生みだしているのも事実だ。結局、各世代でいろいろと特徴があるだけの話で比べても何が変わるという話ではないし、自分にできることを粛々とやる以外の選択肢はないだろう。それでも一つの昔話の知識としては面白い話が聞けたと思いながら、一日を終えるのだった。

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