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就活ガール#20 他人が俺に興味ないという事実

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 これはある日のこと、日野原さんと二人でコンビニの店番をしていた時のことだ。俺は店の裏で届いた飲料水の整理をしていたのだが、日野原さんから助けを呼ばれ、レジへと向かう。日野原さんも今ではすっかり仕事に慣れているので、このように呼び出されるのは久しぶりな気がした。後輩に頼られて少し嬉しい気持ちになる。

 レジへ向かうと、一人のおじいさんがいた。カウンターの上には大量のAmazonギフト券が置かれている。ざっと30万円分はあるだろう。
「これ、全部買いたいそうなんですけど、大丈夫かなぁって。」
「だから大丈夫だって言ってるだろ、早く売れよ。」
俺に質問する日野原さんに対し、老人が強い言葉を投げかける。以前に警察官が振り込め詐欺防止の啓もう活動で来店したことがあり、類似する手口を知らされていたので、『ああ、これは詐欺なんだな』と直感した。
「すみません。失礼ですが、こちら何にお使いですか?」
改めて、おじいさんに質問をする。
「そんなことはどうでもいいだろ。さっさと売れって。」
「いえ、売れません。これは詐欺の可能性があると思います。」
「この女もそう言ってたけどな。馬鹿にするなよ。俺が騙されるわけないだろう。」
俺がおじいさんとやり取りをしている間、日野原さんが申し訳なさそうな顔や心配そうな顔をして二人を交互に見る。
「少々お待ちくださいね。」
そう言って、返事を聞かずに日野原さんと店の裏に下がった。日野原さんに警察を呼ぶように伝え、すぐにレジに戻る。

 それから5分くらいしか経っていないだろう。すぐに警察官がやってきて、おじいさんは警察署へと連れていかれることになった。おそらく、詐欺未遂事件の被害者として事情聴取をされるのだろう。

「ふぅ。」
思わずため息がでる。日野原さんはまだ緊張した様子だった。
「夏厩先輩、ありがとうございました。」
「いや、大丈夫。日野原さんがバイト始めるよりも前だけど、こういうのを想定した話を聞いてたから。」
「そうなんですね。なんか怒ってたし、私怖くなっちゃって……。」
「高齢者ってああいう人多いよな。他人の意見を聞けないっていうか、態度が高圧的というか。」
「そうですね。私のおじいちゃんとかもわりとそんな感じです。人生経験を積むにつれて、だんだん指摘してくれる人が減ってくるんでしょうね。私たちだって、まぁ言ってみれば別にわざわざ指摘する必要はなかったわけじゃないですか。」
たしかにその通りだろう。自分よりもずっと年上の人に対して間違いを指摘するというのは、簡単にできることではない。特にその人が男性の場合はその傾向が強いだろう。
自分の悪いところをちゃんと指摘してくれる人を周りに置いておくってのは重要だよなぁ。特に男は感情をうまく表現するのが下手な人が多いし、歳を取るだけで本人は普通にしてるつもりでも相手からすると威圧してるように見えることもあるし。」

「そうですね。あと、いくつになっても謙虚に生きることもそうですね。自分は特別じゃないって理解するというか。」
「意外とそれって難しいよな。」
「そうなんです。自分が特別優れているって思いすぎないようにするのもそうなんですが、逆に自分が特別劣っていると思いすぎないことも重要ですよね。」
「『みんな内定出てるのに俺だけ出ていない。ああ、俺はダメ人間なんだ。もうどうしようもない。』みたいな感じか。」
「ふふ、そうですね。」
俺が少し大げさに演技をしたのが面白かったのか、日野原さんが小さく笑ってくれる。今日も可愛い。
「私はまだたまにキャリアセンターに行ったり、就活に興味ある人と集まったりするだけなんですけど、『俺は特別だから何でもできる』というようなオーラの人が結構多いんですよ。今は1年生だからそれくらいいきがってるのも可愛いかなと思うんですけど、面接では通用しないですよね。」
「そうなんだ。逆に3年とか4年になってくると、もうダメだって思ってる人が増えてくるんだよなぁ。実際、優秀な人がさっさといい会社から何個も内定取ってきたりするから、焦るのはわかるんだけど。」
「自分を客観的に評価するってのはかなり難しいんだと思います。はっきり言って、私たちって別に可もなく不可もなくって感じじゃないですか。世の中の98パーセントくらいの人は、別に特別優れてるわけでも、特別劣っているわけでもない。誰にでも良い部分と、悪い部分がある。あとはその時の運とか気分とかいろんな要素で良い流れの時と悪い流れの時があるだけだと思うんです。」
まだ18歳の日野原さんの意見に、大人だなぁと感心する。その通りだ。

「あと、他人が自分に興味がないって理解することも重要だよな。」
「そうそう。それもすごく思います。」
「例えばこの店、日野原さんが働き始めた後でも既に2人バイト辞めてるだろ。日野原さんはそこまで知らない人かもしれないけど、俺からすると2年以上一緒に働いてた人たちなわけ。別に仲が悪かったわけでもないし、最後の日とかはちょっと寂しかったんだけど、まぁ2週間もすると慣れるというか。」
「本当に気になる人なら個人的に連絡することもできますしね。」
「うん。就活の話で言うと、グループワークとか集団面接で失敗したと思っても、周りはそんなに興味がないと思うんだよ。」
「そうですね。別に他人が合格しようがしまいが正直どうでもいいし、誰かがちょっと変なことを言ったくらいでグループ全体の評価が悪くなったりもしないですからね。」
「ほとんどの場合は二度と会わないし、仮に会ったとしてもわざわざ昔の選考時の時の話を掘り返してくる奴なんていないよな。」
「なんで人間って他人の評価が気になってしまうんでしょうね?」
「そりゃあ、くだらないプライドと自意識を持ってるからだろ。」
「まぁそんなとこですよね。その点、夏厩先輩はしっかりしてますよね。」
日野原さんが褒めてくれる。たしかに、俺は他人に説教されることをそこまで嫌だと思わない。アリス先輩や美柑に強い口調で指摘されるのにも慣れている。
「たしかにそうかも。」
「どうすればそういう風になれるんですか?」
「うーん。別に深く考えてないからもともとそういう性格なんだと思うけど。しいて言うなら、別に俺に恨みがあるわけじゃないって理解できるからかな。強い口調で他人に物を言う人って、だいたいの場合、他の人にもそういう態度を取ってる。つまり、言う側の性格の問題だと思うんだよね。だから別に俺がどうこうとかっていう話じゃない。」
「さっきのおじいさんもそうなんですかね。私は結構怖かったですけど……。」
「そうだろうな。きっと会社では部下に、家では奥さんとかにあんな感じなんだと思う。だから別に日野原さんが特別生意気に見えたとかではないはずなんだよ。」
「そう考えると少し気楽になりますね。圧迫面接とかも同じでしょうか?」
「そういうことなんだろうね。単純に面接官がそういう性格だとか、学生のことを良く知りたくて色々聞いてしまうとか、あるいはストレス耐性を見るために単純に仕事として冷たくしてるとか。いずれにしても、学生が何か失敗したから厳しくしてるとかっていう風に考えるのは、間違ってるんだと思う。」
「そもそも最近は圧迫面接自体が減ってきてるみたいですね。」
「面接官の態度が悪いとネットに書かれてしまう時代になったからね。まぁでも、学生の精神的な打たれ強さも昔よりはなくなってるっていうし、就活でのメンタルケアが重要なのは昔も今も変わらないと思うけど。」
「就活鬱とかって言葉もありますもんね。」
「うん。やってて思うんだけど、正直面接とかって最後は運なんだよ。たまたまソリの合う面接官に当たるかどうかも重要。だから一つ一つの結果に一喜一憂してても仕方ないんだなって。」
「志望度と高いところでハズレを引いてしまうと悲しいですけど、それも含めて運だから仕方ないですよね。」
「うん。それに、必ずこの企業じゃないとダメってことって、実際はほとんどないと思うし。」
「はい。だいぶ話それちゃいましたけど、今日はありがとうございました。」
日野原さんがそう言って、小さくお辞儀をする。

 結局この日はこの後もほとんど来客はなく、日野原さんと雑談をしながら過ごすことになった。後日、薫子さんに聞いた話では、あのおじいさんはやはり詐欺に遭いかけていたそうだ。日を改めて、警察官が俺と日野原さんに感謝状を渡したいらしい。就活をしていると社会の闇の部分が見えてくるというか、建前や嘘を使わないといけない場面が結構あったので、このような純粋に正義を貫いたことで他人に認めてもらえたのは嬉しかった。大人の社会では、どうしても意にそぐわないことをしなければならない場面はある。それでも、精神状態を強く保ち、また別の場所で、別の形で、良い行動を続けていきたいなと思うのだった。

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