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【小説】恋は心のどこにある⁉ 1-2 4月15日の間違い探しデート
恋を忘れた元ヤンクール天然ボケ男子大学生×初恋に全身全霊全力な元気いっぱい女子高生 が、ふたりで恋を探す、恋愛長編小説。
ハッシュタグ #恋心どこ でふたりの恋路を見守りませんか。
★マガジン
★登場人物紹介
★1話
朝起きたら、とても爽やかな晴天でした。私は晴れ女ですが、穂さんもきっと晴れ男なのでしょう。お揃い!
うきうきで顔を洗ってリビングに入ると、新聞を読んでいた父さんは険しい顔で言います。
「彼とはまだ付き合っているのか」
「付き合ってるよ。今日もデート」
キッチンの戸棚からティーバッグとマグカップを取り出して、魔法瓶の熱湯を注ぎます。すると今度は、私の分の目玉焼きを焼いてくれている母さんが、じっとり重いため息を吐くのです。
「取り決めだから聞くけど。あんた、今日はどこに行くの?」
私の、世界で一番恋しい人――空峰穂さんとお付き合いが始まったとき、家族は条件を出しました。
・門限は午後九時。
・外泊禁止。
・お互いの家の中には入らない。
・どこに出かけるか報告すること。
・その日なにをしたか報告すること。
『交際を正式に認めて欲しければ、この条件を一年間必ず守りなさい』と、見たこともない怖い顔で、両親は言いました。
私は、どうにか条件を撤回させようと頑張ったけど、無理で。
こんな面倒な条件があったら、付き合いたくないよね……私は、お別れを覚悟して、穂さんに相談しました。
そうしたら彼は。
『わかった。一年間、守ればいいんだな』
『その条件は、千春と別れる理由にならない』
って言ってくれて……! うう、カッコいい! 穂さんだぁい好き!!
それでも家族はみんな、穂さんが嫌い。
両親は、ほんの短い時間お話しただけじゃ、彼の素晴らしさが理解できなかったみたい。私たちが交際一周年を無事に迎えるまでは、穂さんと深く話す気もなさそうでした。
父さんが言うには、『介入しないことが、今できる最大の信頼の表現』だそうですが、大人ってややこしい。ちゃんとお話すれば、穂さんが素敵な人だってわかるのに。
条件について不満はあるけど、とりあえず本日の予定を大きな声で報告します。
「今日は、ファミレスで間違い探しをして、それから画材を見に行くの! あとは駅でぶらぶらして、夜ご飯食べて解散」
「画材? 彼もなにか描くのか?」
健全なデートなのに、なにが不満なのかな。
無駄に突っかかってきた父さんに、堂々と答えます。
「描かないよ? でも一緒に来てくれるって」
「そうか。ところで、彼は喧嘩以外になにができるんだ?」
かっちーん。魔法瓶の熱湯で、父さんの食パンをべちゃべちゃにしようと疼く右手を、左手で押さえました。危ない危ない。手を出す代わりに口を開きます。
「穂さんは運動神経がいいんだよ! バスケサークルでも、『神学のキングコング』とは……たぶん言われてないけど! とにかく可愛いとカッコいいのハイブリッド、今日もとってもギャラクシー、空峰穂! 空峰穂さんをどうぞよろしくお願いいたしますっ!!」
最後、選挙活動になっちゃった。
ビシッと決めたのに、悲しいことに返事はありません。
私はふくれっ面で席に着いて、紅茶を一口飲みます。ものすごく渋くなっちゃった。だけど穂さんとのデートを妄想したらすぐに笑顔になりました!
そんな私を、父さんも母さんも絶望の目で見ているのが、めちゃ不本意。
家族が穂さんを嫌うのは、理由があります。
穂さんが中高、とても荒れていたから。
彼がファッションヤンキーではなく、ガチヤンキーだったから。
『俺は、不良だった。相手を殴って、たくさんケンカして、二十回くらい補導された。そういう人間とは、付き合わないほうがいい』
穂さんは、私とお付き合いする前に、ご自身のことを話してくれました。
どうやら彼はご家族と上手くいかず、荒れてしまったようです。補導の理由も、実際のところはケンカよりも深夜徘徊のほうが多かったみたい。
ご家族との軋轢が積み重なったせいで、中高の頃には……穂さんの感情は、多くの人よりほんの少し、鈍くなっていたらしくて。
『心が遠くて。ぼんやりしていて。
複雑な心はよくわからない。『恋』なんて心、忘れちまった』
そんな穂さんだけど、それでも『千春を心から好きになりたい』って言ってくれて……『付き合って欲しい』って言ってくれて。
とにかく、穂さんは決して、体目当てじゃないんです。
真剣な気持ちで、私と付き合ってくれているのです。
なのに……ああ、もう!
記念すべき初デートの帰り。
穂さんと二人で帰宅する姿を、姉さんに見られたのが悲劇の始まり。
『なにあのチャラ男、怖い!』と怯えた姉さん、神奈川県警に勤める伯父と従兄に相談。結果、穂さんの過去とダサいあだ名が発覚し、私の両親に伝わって家族会議勃発。
なんであの日に限って姉さん、帰省してたのかなぁ。
でも、穂さんはきちんと両親に挨拶に来てくれるつもりだったし、初デートを誰に目撃されなくても同じ展開になってたかもね。
「いってきまーす」
「必ず九時までに帰ってきてね」
「変なことをされそうになったら、すぐに連絡しなさい」
末娘がデートに行くだけなのに、物々しい雰囲気の木島家。
不要な忠告にハイハイと適当に首を縦に振り、沢塚駅へてくてくと歩きます。
近所のお家にある、咲き始めの藤の花は、今日のスカートと同じ薄紫色。落ち着いた色だから、ちょっと大人っぽく見えるかなぁ?
穂さんは高校で一回留年しているから、大学二年生だけど、もう二十歳です。
大人っぽい服のほうが、隣に並んだ時にバランスがいいよね。今日のファッションやメイクについて想いを巡らせているうちに、無事に沢塚駅に到着。
土曜で大混雑の沢塚駅だけど、穂さんを見つけるのはとっっっても簡単。
背が高くて、銀髪で、耳元はピアスがたくさんで、夜の渋谷の路地裏が似合いそうなお洋服で、そのうえお顔が整っています。たいへんイケメンです。
こんなにヴィジュアルが天才では、むしろ見つけないほうが難しいのでは? あ、天才が私を見てる! 天才がこっち来るー!!
「千春。んなとこでなにしてんだ」
「穂さんに見惚れてました! 今日も穂さんはカッコいいです、天才です!」
「それはありがたいが、普通に声をかけてくれ」
穂さんはとってもクールです。私の言葉にテンションを上げるでもなく、イラつくでもなく、ちょっぴり眉を下げて、唇だけで笑みを作ります。
彼の感情の表し方が大好きな私は、その小さな笑顔にポーっとして、固まっちゃう。そうして、私の硬化が解けた頃を見計らって、彼は爆弾を投げるのです!
「春らしい服だな。かわい」
「わわ、ストップストップ! 褒めるときは予告してください! 爆ぜちゃう!」
「ハゼ……? ああ、美味いよな」
あっ、穂さん『爆発』じゃなくて『魚のハゼ』を連想した?
彼は天然で、漢字がものすごく不得意だから、こういう事故が起こります。可愛いね。
「ハゼ食うのか? ファミレスで間違い探しはしねぇの? ……ハゼってファミレスで出るのか?」
ハゼのまま話が進みます。ファミレスにハゼはいない気がするけど。
「ハゼはわかんないけど、間違い探しはしまーす! 今月、まだ一回もしてないんですよ」
ファミレスのメニュー表の間違い探しは、私のライフワークの一つで、ちゃんと研究ノートを作っています。
なんせこの間違い探し、鬼のような難易度で、しかも毎月問題が変わります。研究し甲斐もあるというもの。四月の初チャレンジが穂さんと一緒なんて、嬉しい!
「間違い探しって、意外といろんなファミレスでやってるよな」
「あっ、そこに気づかれるとはさすがですね! 今月はほんとにどこの間違い探しも解いてないので、駅に近いとこにしましょうか」
「わかった。じゃあ、こっから一番近いファミレスに行くか」
ふたりで歩きだしてすぐに、穂さんは「そうだ」と呟きました。
「俺は今から千春を褒める」
……これはこれで、緊張するかも。私はごくんと唾を飲み込み、頭を下げます。
「お、お手柔らかにお願いします」
「春らしくて可愛い。紫も似合う」
うわーお、直球!
飾り気のないまっすぐな誉め言葉に、ぽかぽかと心も体も暖かくなります。私は満面の笑みで、お礼を言おうとした、けど。
「ああ、『可愛い』のは今日限定じゃねぇ。千春はいつも可愛い」
…………だ、誰もそこまで言えとは言ってない。
真顔でとんでもないことを言った穂さんは、私の足が止まったのに気づいて、大きな手を伸ばしてくれました。その手が私の手を包むと、ますます全身が熱くなります。
今日も彼は、当たり前に手を繋いでくれる。嬉しい、大好き。よし、声に出しちゃえ。
「穂さん、大好き」
彼は同じ言葉を返してはくれませんが、拒絶なんてしないと伝えるように、少しだけ握る手に力を込めてくれます。
それがやっぱり幸せで、ファミレスに着いてからも、私はずーっとニコニコ、いいえ、ニヤニヤしていました。
しかし席に案内されたら、ニヤついてもいられません。まもなく闘いが始まるのです。その前に、注文しちゃいましょうか。間違い探しをチラ見しないよう気をつけて、っと。
「パスタにしよっかなー、お肉もいいなぁ。穂さんなににします?」
「ハンバーグと米」
「付け合わせ、パンもあるけどやっぱりお米です?」
「ああ」
穂さんの好きな食べ物は『白米』です。私の親友にそれを伝えたら、『わー胃袋掴むのたいへんそう』と言われました。お米農家になれば、穂さんの胃袋は私にメロメロになるかしら?
二人してお肉料理を注文し、お水をとってきたら、いよいよ闘いの始まり。私はスマホでストップウォッチを準備します。穂さんが向かい側で首を傾げました。
「時間を計んの?」
「ええ。後ほど、研究ノートに書き込まなければなりませんから」
「なるほど。じゃあ、俺が時間測る。今日はせっかくだし、千春の本気を見てみたい」
穂さんは真剣なお顔で、メニュー表を私へと向けました。そこまで言われたら、やるしかないね。
「ありがとうございます! では、早速カウントをお願いします」
「ああ。……3、2、1」
間違い探し開始!!
ふむ。今月の間違い探しは、お花見を楽しむ人たちのイラストだね。
登場人物は、先月のひな祭りより多いかな……まずは、ちびっこの人数! はい次、ちょうちょの羽の柄、それから重箱の中身! お箸を握る手の形、雲の形も見逃しません。ふふん、これで半分。
「穂さんはいくつ見つけましたー?」
「三つ」
なんて会話の間にも間違い発見。ビールの泡の量と、飲み物の種類と……桜の花びらや枝の数はどうかな? あ、桜がこんもりした部分のボリューム感だ! むむ、タイトルの縁の色が一文字だけ違う! あと一つ………………どこ?
「穂さんおいくつー?」
「六つ」
さっき見たところも確認しなきゃ……わかった。ちびっこのシャツの裾の長さだ。ふぅ、これで十個、私が「勝ちました!」と手を上げると、穂さんがスマホをタップします。
「五分三十二秒」
「やっぱり五分切れない……」
うぅん、先月もそれくらいだったなぁ。五分以内に全ての間違いを見つけられたことなんて、一度もありません。来月の私に期待!
「でも相当早くないか? 俺なんて六つのまま止まってるぞ」
少し眉を寄せる穂さんです。まだメニュー表が私を向いているから、彼のほうへ方向チェンジしたときにちょうど料理が届いたので、穂さんのチャレンジは中断。
美味しいお肉料理を食べ終わってから、またチャレンジして、追加で二つ見つけたものの、無念のギブアップ。
答え合わせしてお店を出ると、彼は笑みを浮かべて私を見下ろします。
「千春の本気が見れて楽しかった。来月は、俺も十個見つけてぇな」
来月の約束らしき言葉を平然と零す彼に、とくんと心臓が跳ねます。
間違い探しなんて子供っぽい、と呆れられていないか、ちょっぴり不安でしたが杞憂でした。
幸せすぎて楽しすぎて、大爆発しちゃいそう!
画材屋さんに向かう足取りも、とっても軽いです。穂さんは工作もお絵描きもしませんが、私が美術部に所属していると知っているので、製作の進捗も気にかけてくれます。
「『ヒポポたまちゃん文明』は元気か?」
「はい、元気かつ順調に文明を築いています! 夕飯のときに、写真をお見せしますね」
話しながら歩くうちに、画材に強い大型文具店『世界館』が見えてきました。横浜や都内にも店舗がある有名なお店ですが……沢塚店は妙に閑散としています。
駅からちょっと遠いせいか、とにかくいつ来ても空いています。店員さんも他の店舗より少なくて、なんだか活気がありません。
初めはたくさんの絵具や色鉛筆、バラ売りの紙を、じっと見ていた穂さんも、だんだん心配になってきたみたい。だってお客さん、私たちしかいないんだもの!
「画材屋ってこんなに静かなのか? 土曜なのに?」
「小さなお店なら、まあ……? ちょっと経営が不安なので、絵具と紙を買い足します」
「……俺も、なんか買っとくか」
穂さんは悩んだ末に、「寝れないときに良さそう」と、大人向け塗り絵と色鉛筆のセットを買っていました。お家で黙々と塗り絵をする穂さん、想像するととっても可愛いね。
結局、私たちが買い物を終えるまで、他のお客さんの姿は見えませんでした。異世界みたいで、これはこれで楽しい。
『世界館』を出たとき、太陽はだいぶ西に傾いていたけど、夕食にはまだ早い時間でした。
駅近くの商業ビルに入っている、洋服やアクセサリー、コスメのお店をぶらぶら見ながら時間を潰します。
私的には、時間を潰している感覚じゃないけどね。貴重で甘い砂糖菓子を、ゆっくり舌で溶かす時間――ほんとに魔法みたいな、綺麗な時間なんです。
「機嫌がいいな」
「私が、穂さんと一緒で不機嫌だったことあります?」
「ない」
「でしょー?」
ご機嫌な私を見て、ふっ、と珍しく穂さんが笑い声をたてました。リラックスした柔らかな声に、私は砂糖菓子をお皿いっぱいにお代わりした気分です。
だけど、魔法の時間はあっという間に過ぎて、ついに館内放送が夕方の六時をお知らせしました。
「そろそろ、飯食うところ探すか」
私の門限が九時だから、どうしても夕食の時間は早くなります。
六時なんて、大学生にとってはまだ全然、夜じゃないし、恋人を返す時間じゃないはず……申し訳ないような、淋しいような気持ちが、急にころんと転がります。
「千春、どうした?」
穂さんが、私を見つめました。『気遣いが下手』と自己申告する彼は、それでもじゅうぶん気遣い屋さんです。私はそっと、小指の先で彼の手の甲に触れました。
「今日、楽しかったです?」
「俺が千春と一緒にいて、つまんなそうな顔してたことあるか?」
ふふ、と今度は私が笑い声をたてる番でした。
「ありますね」
「……」
「穂さんは、表情筋が死にがちだから。顔はつまんなそうですが、でも楽しんでいるのは伝わります。そんなところも最高に素敵です」
「そうか。ならいい」
私の暴言を気にせず、穂さんは私の手を握ってくれました。穂さんの手は大きくてゴツゴツしています。
私より体温が高い穂さんと指を絡めると、ほんのりと彼の熱が移ってきて――その瞬間、『穂さんに恋してる』という想い以外、私の中から消えてしまう。
彼だけが、私の心の中にいて、それがとっても幸福です。
「お夕飯は穂さんが食べたいものにしましょー。なに食べますか?」
「魚」
「昼間のハゼ引きずってますね!?」
「千春が急にハゼって言ったから」
私が言ったのは『爆ぜそう』だけどね、いいです、『可愛いから許す』ってやつです。
でも……漢字に弱いところは、父さんたちには黙っておこうかな。
正式に交際を認められるときまで、穂さんの可愛いところは私だけの秘密!
次の話→大学での穂さんとフレンズの話
☆穂さんはバスケサークル。大学名は神奈川学院大学、略して神学。『神学のキングコング』とは呼ばれていない。
☆千春ちゃんは美術部。紙や粘土を用いた立体制作が得意。生き物モチーフで制作することが多い。去年はセミモチーフだった。
ヒポポたまちゃん文明を現在制作中(詳しくはこの先の番外編にて)。
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