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【小説】恋は心のどこにある⁉ 1-1 4月6日のお迎え

恋を忘れた元ヤンクール天然ボケ男子大学生×初恋に全身全霊全力な元気いっぱい女子高生

が、ふたりで恋を探す、恋愛長編小説。
ハッシュタグ #恋心どこ でふたりの恋路を見守りませんか。
登場人物紹介もよろしければどうぞ。



 沢塚駅は、今日も賑わってる、つーか単純にうるせぇ。
 横浜駅から電車で二十分かからずに着くだけあって、単純に人口が多いんだ。
 今日は木曜なのに、飲食店が多い北口は酔っ払いだらけで、明日のバイトを思うと嫌になる。
 
 人混みをかき分けて歩き、沢塚駅を通り抜けて南口に出る。南口は住宅街で、北口よりはかなり落ち着いた雰囲気だ。
 目の前にある大きな横断歩道は渡らずに、しばらく左に歩くと見えてくるコンビニが、俺たちの待ち合わせ場所。
 
 コンビニの看板の横で立ち止まってスマホを確認すると、ちょうど彼女からメッセージがきていた。
 
『終わりましたー!』

 メッセの送信時刻は九時二分、ちょうど五分前だ。なら、そろそろ──


「――すいさーん!」


 顔を上げたタイミングで、名前を呼ばれる。スマホをポケットに突っ込み、駆けてくる彼女を見守った。


「待たせちゃいました?」
「今来たとこ」
「マンガみたいなセリフも似合いますねぇ! 今日も穂さんはとっても素敵です」


 俺の彼女は、ただ事実を告げるだけで褒めてくれる。
 彼女は──木島千春こじまちはるは、今日も今日とて俺のことが大好きだ。


「コンビニ寄ります?」
「今日はいい」


 首を振れば千春は睫毛をパチパチさせた。千春の睫毛は綺麗に反り返っている。今日は普通に学校だけど、彼女はメイクが好きだし、マスカラでもつけてんのかな。


「寄らないんです? 今日の夜ご飯はもう食べました?」
「食べた。大学近くの定食屋で、生姜焼き定食」
「いいなぁ、生姜焼き! ああ、お腹空いたぁ!」


 そう言った瞬間に、千春の腹がぐぅぅぅぅっと鳴った。コンビニに入店しかけたサラリーマンが振り返るほどの、大きな音だ。この時間まで勉強してたら、そりゃあ腹が減るだろう。


「す、穂さんが生姜焼きの話をするからです」
「俺のせいなのか」


 千春は、自分が着ている紺色のブレザーの裾を握り、頬を真っ赤にしていた。照れてる。怒っていたらもう少し、目元がきつい。彼女は表情が豊かだ、百面相じゃ足らない。


「ほら、腹減ってるんだろ。帰るぞ」


 さっきのサラリーマンが、コンビニの中から俺たちをチラチラ見ている。

 千春は大人しそうな黒髪の美少女で、そのうえ神奈川でトップクラスに頭が良い高校の制服を着ている。一方の俺は、見た目が完全にチャラい。
 通報したい気持ちもわかるが、たぶん無駄だぞ。

 前に警官に話しかけられたとき、千春が全身全霊全力で訴えて丸く収めてくれたからな。
 
 
『穂さんは反社会的なお仕事には就いていませんし、ヒトを殴ったりしません! 
ただの大学生で、私の大切な、彼氏さん……えっ、彼氏!? すごい、こんなウルトラカッコいい人が私の彼氏!? ちょっと待って、その事実を嚙みしめると幸せで大爆発……あ、両親に許可は貰ってますよ! 家まで来ます? すぐそこなんです!』
 
 
 ……なんでこの訴えで丸く収まったんだ? 『両親に許可を貰ってる』が効いたのか?
 
 
「穂さん、ボーっとしてどうしました?」
「千春の話術はすげぇから、通報されてもいけるかなって」
「なんで通報が出てくるのかわかりませんが、お褒めいただき光栄です!」
 
 
 顔を輝かせる千春と一緒に、歩き出す。
 用事がない日はなるべく、塾帰りの千春とコンビニで待ち合わせて、彼女を家まで送ることにしている。
 
 千春の家は、沢塚駅から徒歩十分。たった十分だけど、大切な十分だ。
 まだ付き合い初めて一か月だけど、この十分のおかげで、千春も俺に緊張しなくなってきた。「そういえば」と、千春は元気に話し出す。
 
 
「お腹の虫があんなに元気だなんて、びっくり! 穂さんが行った定食屋さんって、人気のとこなんです?」
「安いから、いつも混んでる。それに米の大盛り無料だし、全体的に味付け濃いめで美味い」
「うわー、美味しそう! ザ・学生向けって感じのお店ですね……あ、どうしよ、またお腹が鳴っちゃう!」
 
 
 千春が深刻な表情で腹を抑えた。そして鼻をスン、と鳴らしてびっくりした顔をする。
 
 
「ちょっと待って。どこかから生姜焼きの匂いがします!? なんてタイミング!」
 
 
 確かに、近くの家から生姜焼きの匂いが漂っている。俺も腹が鳴っちまいそうなくらい、いい匂いだ。
 
 
「別に、腹が鳴ったって気にしねぇぞ」
 
 
 まだ千春は腹を抑えている。そもそも、腹を抑えたら鳴らなくなるもんなのか? 
 
 
「私が気にするんです。うーん、でも……ずっとお腹を抑えていたら、穂さんと手を繋げませんね」
 
 
 千春の左手が俺にそろそろ伸びてくる。遠慮がちに空をさ迷う彼女の手を、掴む。千春はあんまり、体温が高くない。四月の夜と同じだけ冷たくて、しっとりした手だ。
 
 
「察してくれてありがとうございます」
 
 
 俺を見上げた千春は、街灯の光でわかるくらいに頬を赤く染めている。手を繋げて嬉しくてたまらない、みたいな表情。
 
 
「あからさまだったからな」
「そのお答えも百点満点中百点ですが、『俺も手を繋ぎたかった』って言ってくれると点数が上がりますよ」
「俺も手を繋ぎたかった」
「パーフェクト! 百点満点中、三百点になりました!!」
「採点が甘すぎる」
 
 
 風が強く吹いて、雲が千切れた。深い藍色の空に、ぽつぽつと星が輝く。駅から離れれば離れるだけ、道路も静かで夜空も澄む。なのに、もう千春の家が見えてきた。
 
 千春は大きな一軒家に、両親と兄と住んでいる。車庫には車が止まっていて、千春の父親が帰宅しているとわかった。なら、俺はさっさと退散しなきゃな。
 
 
「穂さん、今日もありがとうございました」
 
 
 そう言う千春は、俺の手を離そうとしない。話し足りないらしい……もう少しだけ、話してから帰るか。
 
 
「俺が家まで送ると、なにか言われたりしないか?」
 
 
 俺と千春の交際は、彼女の家族からよく思われていない――一応、交際は許可して貰っているが、いくつか条件がある。『外泊禁止』とか『門限は九時』とか。
 
それらの条件を守ったまま、一年間交際を続けて初めて、『正式に交際を認めてもらえる』ってわけだ。
 
 
「私の家族は穂さんアンチですからねぇ」
 
 
 嫌味でも言われているのか。彼氏が俺であるばっかりに。
 
 
「でも、お迎えは止めないでくださいね。私の家族のせいで、お迎えを止めちゃうのは……嫌です」
 
 
 俺がなにか言う前に、彼女は続ける。
 
 
「穂さんが、言ってくれました。『もっと千春のことを知りたい』『一緒にいる時間を増やしたい』って、穂さんから言ってくれたんです」
 
 
 絡めた指に力を込めて、千春は微笑む。その笑みは力強くて、俺の気持ちを奮い立たせるにはじゅうぶんだ。
 
 
「ほんの十分ですけど、私にとっては大切な十分ですから」
「俺にとっても大切な十分だ。面倒だなんて思ったことはねぇ」
 
 
 言い切れば、その瞬間、千春の頬が真っ赤になった。うつむき加減で千春はもごもごと言う。
 
 
「……うう、百点満点中宇宙です」
「宇宙?」
 
 
 いくら俺がバカでも、そんな単位はないって……ない、よな? 一瞬宇宙に飛びかけた俺を、千春の声と体温が呼び戻した。
 
 
「アンチには負けませんよ――だって私たち、いつか二人で『恋』をするんですもんね!」
 
 
 千春は、すごい人だ。

 自分で楽しいことを探せる人で、揺るがない『自分』を持った人で、俺には釣り合わねぇ人だ。
 
 そんな千春が、こんな空っぽの俺に恋をしてくれたことは不思議で、でも嬉しい、と確かに思う。

 だから千春をちゃんと大切にしたい。
 
 そして、いつか――千春と、心の底から『恋』をしたい。
 
 
「穂さんの補導回数が驚異の二十回超えでも、昔のあだ名が『ハマの裏番』なんてダサダサでも、私は穂さんが大好きですよ」
「あだ名のことは言うな」
 
 
 そのあだ名、マジで意味不明。表番は結局誰だったんだよ、俺知らねぇよ。
 
 
「そうですよねぇ、ダサいですもんねぇ……あれ、穂さん、実はネーミングセンスないんです?」
「自分でそんな恥ずかしいあだ名つけねぇって」
 
 
 ため息を吐いて、千春の少し熱を帯びた指先にキスをする。
 俺はこういうキャラじゃねぇけど、千春は喜んでくれるはずだ。赤い顔で急に静かになった彼女の家を指さす。
 
 
「もう家に入れ。腹減ってんだろ? それに、騒ぐと怒られるぞ」
「……あ、ああああの、穂さん」
 
 
 指先を見つめ、声を震わせながら、千春は断言する。
 
 
「穂さんは宇宙です」
「俺は人間だ」
「銀河です」
「人間だって」
「手が洗えなくなっちゃう……」
「ちゃんと洗ってくれ」
 
 
 気絶しそうによろめきながら千春が家に入っていく。玄関扉を閉める前に手を振ってくれた彼女に、手を振り返してから歩き出した。
 
 駅を通り過ぎ、ますます酔っ払いが増えた北口を歩く頃には、だいぶ身体が冷えている。まだ四月の上旬、この時間帯は涼しいな――と、くしゃみが一つ。
 
 きっと、千春が俺の話でもしているのだろう。


次の話→4月の間違い探しデート

マガジンに全話まとめています。

☆体温は穂さんのほうが高い。
☆千春ちゃんは偏差値高めの高校に通っている。校則は厳しくない。
☆ふたりが住んでいる沢塚市は神奈川県のある市をモチーフにしています。


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