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【論文要約】深層学習で活性汚泥中の微小動物を網羅的検出・自動分類

伊藤らによる2021年発表の論文「深層学習を用いた活性汚泥顕微鏡画像中微小動物の網羅的検出・自動分類モデルの開発」の内容をまとめたものです。


1. 背景

1.1 活性汚泥法

  • 活性汚泥法は都市下水処理の主要な方法であり、細菌、原生動物、後生動物を含む微生物生態系が処理性能を支えています。

  • 処理性能の維持には、これらの微生物叢を正確に把握し管理することが必要です。

1.2 検鏡試験の現状

  • 顕微鏡観察による微小動物(原生動物・後生動物)の同定と計数は、処理場の維持管理に利用されていますが、以下の課題があります:

    1. 手動で行われるため属人的。

    2. 大量の観察・同定に時間と労力がかかる。

    3. 技術的なばらつきにより結果が異なる場合がある。

1.3 自動化技術の限界

  • 過去の研究では、定量的画像解析(quantitative image analysis)を用いて、活性汚泥中のフロック形状などに注目してきました。

  • 微小動物に焦点を当てた研究としては、YOLOv2を用いた物体検出技術による成果(mAP80%以上)が報告されていますが、以下の制約があります:

    • 各種200~500枚の教師データが必要。

    • 種を超えて包括的に検出・分類する手法は未開発。

1.4 自己教師あり学習

  • 自己教師あり学習を活用することで、膨大な教師データを用意することなく高精度なモデルを構築できる可能性があります。

  • 本研究では、この学習手法を活性汚泥の顕微鏡画像解析に適用し、微小動物を網羅的に検出・分類する新しいモデルを構築することを目指します。


2. 目的

本研究の目的は以下の通りです:

  1. 微小動物を種ごとに区別せずに一括検出し、未知種を含む形状分類を行うモデルを構築する。

  2. 顕微鏡画像から得られる微小動物相の情報を用いて、細菌叢などの関連情報を導出する方法を開発する。

  3. モデルの実用性を評価し、運転管理の高度化に寄与する。


3. 手法

3.1 モデル構成

本研究のモデルは以下の3段階から構成されます:

  1. 微小動物検出器:

    • モデル: YOLOv4を使用。

    • 特徴: 種を区別せずに微小動物を検出。検出領域を切り出して次段階へ渡す。

    • 評価指標: AP50(IoU > 50%)。

  2. 特徴量抽出器:

    • モデル: ResNet-50(2048次元の特徴量を生成)。

    • 学習法: 自己教師あり学習(MoCo v2)。

    • 目的: ラベル付けなしで形状特徴を学習。

  3. 微小動物分類器:

    • 教師あり分類(NNO):

      • 各クラスの教師データを基に分類。

      • 外れ画像を排除し、未知種に対応。

    • 教師なし分類(K-Means):

      • ラベルなしデータを基にクラスターを生成し、形状分類を実施。


3.2 データ収集

  1. サンプル採取:

    • 日本国内4箇所の下水処理場から2021年5月~2022年3月の間に試料を採取。

    • 採取した活性汚泥を冷蔵保存し、その日のうちに顕微鏡観察を実施。

  2. 顕微鏡画像撮影:

    • 明視野条件で撮影(対物レンズ1倍、ズーム倍率10倍)。

    • 撮影サイズ: 1824×1216ピクセル。

    • 各試料につき約600枚、総計7,165枚。

  3. アノテーション:

    • 微小動物を矩形(bounding box)で囲み、種を区別せず単一ラベルで注釈を付与。


3.3 学習と評価

3.3.1 微小動物検出器の学習

  • データ: 学習用755枚、検証用187枚。

  • 評価: AP50(82.85%)、F1スコア(78%)。

3.3.2 特徴量抽出器の学習

  • データ: 切り出し画像37,267枚。

  • 学習:

    • MoCo v2を活用し、教師なしで画像特徴を学習。

    • 2048次元の特徴量ベクトルを生成。

3.3.3 微小動物分類器の学習

  1. 教師あり分類(NNO):

    • データ: 11種165枚。

    • 結果: 正答率83.3%、外れ画像の除去率50%。

  2. 教師なし分類(K-Means):

    • 30クラスに分類。

    • 結果: 正答率80.3%。


4. 結果と考察

4.1 微小動物検出性能

  • 検出精度:

    • AP50 = 82.85%、F1スコア = 78%。

  • 偽陽性の主因:

    • フロックや気泡など、顕微鏡観察時に混入した物体。

4.2 微小動物分類性能

  1. 教師あり分類:

    • 正答率: 83.3%。

    • 再現率: Coleps spp.(100%)、Spirostomum spp.(50%)。

  2. 教師なし分類:

    • 正答率: 80.3%。

    • 未知種を含む形状の多様性を反映。

4.3 細菌叢との関連性

  1. 相関分析:

    • 微小動物相のBray Curtis距離と細菌叢のWeighted UniFrac距離の相関をMantel検定で評価。

    • 結果: r = 0.471, p = 0.002(有意な相関あり)。

  2. 解釈:

    • 直接的な要因: 微小動物による細菌の捕食—被食関係。

    • 間接的な要因: 環境条件(流入負荷や水温など)が両者に影響。


5. 結論

  1. 成果:

    • 微小動物を網羅的に検出・分類する新しいモデルを構築。

    • 自己教師あり学習によりラベル付けの労力を大幅に削減。

  2. 実用性:

    • 微小動物相を基にした細菌叢の推測が可能。

    • 活性汚泥の運転管理の効率化に寄与。

  3. 課題と展望:

    • 長期的観測に基づくモデルの検証。

    • 偽陽性削減とさらなる精度向上。


論文情報

  • タイトル: 深層学習を用いた活性汚泥顕微鏡画像中微小動物の網羅的検出・自動分類モデルの開発

  • 著者: 伊藤 敬、倉田 篤、伊藤 陽介、奥野 賢二、橋本 佳

  • 発行年: 2021年

  • 掲載誌: 環境工学研究論文集

  • 巻号: 第47巻 第5号

  • ページ: 139-148

  • DOI番号: 10.2965/jswe.47.139

  • URL: J-STAGEの論文ページ


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