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冬森灯さん「うしろむき夕食店」料理おみくじの一言で明日も頑張れそう

冬森灯先生の「うしろむき夕食店」(ポプラ社)を拝読しました!

こちらはもともと、ここnoteで<キリンビール公式note×ポプラ社一般書通信×新人作家・冬森灯>の企画として始まった物語です。



KIRINさんとポプラ社さんとの「うしろむき夕食店」マガジンには、物語の本文はもとより、楽しい企画記事がたくさん!読み応えがあるので、ぜひ。

私は連載当時はnoteで追えず(すみません)書籍になってから拝読したのですが、とってもとってもおなかがすいて、あったかい気分になれて、まるで自分も「うしろむき夕食店」に行ったようになる、1冊で2度3度も美味しい物語でした。

そして、もちろん書籍で手元に置いてほしいこの本ですが、note版のいいところは、イナコさんのお料理のお皿のイラストがカラーで見られるところです!なので、KIRINさんのうしろむき夕食店マガジンからぜひ飛んでみてくださいね。

一の皿「願いととのうエビフライ」

ラジオ局に勤める彩羽は、友人の菫とともにはじめて「うしろむき夕食店」を訪れる。「お帰りなさい!」の挨拶で出迎えてもらい、この店独自の「料理おみくじ」を引かせてもらう。結果には首をかしげたが、お料理はとても美味しかった。彩羽の仕事はラジオ局のパーソナリティ。抜擢されて彩羽は自分の番組を持つことになり、さらにはそれがスポンサード番組の企画コンペにかけられることになった。彩羽ははりきるが、制作発表の場で失敗してしまう――。

この「願いととのうエビフライ」構成がほんとに見事でうなってしまいました。すごいなあと思う小説って、地点Aで出てきた伏線と、地点Bで出てきた伏線が、ラストの地点Cでハーモニーとして響き合う、みたいな構成なのですが、この連作短編のこの話も、まさにそうで。

彩羽さんの過去の思い出が、ああなってこうなるのか!あのときのトラブルがこう活かされるのか!っていう凄み。そして彼女は二回おみくじを引くのですが、一回目が「学業あせらず炊き込みごはん」二回目が「願いととのうエビフライ」言葉のまるさがすごくよいですよね。

二の皿「商いよろしマカロニグラタン」

夜の山道でヒッチハイクの女性を助けた宗生。助けた彼女はうしろむき夕食店の店員、希乃香だった。宗生は製薬会社のMRで、最近異動になったばかり。前に担当を務めさせてもらった紅谷医師からはそっけない態度をとられ、新しく担当になった豊島医師には全く会ってもらえない。ふいに、街工場でオルガンを作っていた父が、なぜか新工場での誘いを断りオルガン制作から手を引いたことを思い出して――。

自分の思い込みから、人はなかなか逃れることができない。そう実感した1話でした。〇〇だと思っていたことが、実は△△だった。そういうこと、誰にでもあると思うのですが、その仕組みが、きれいな物語としてパズルピースがはまっている。

ここでのおみくじの結果は「商いよろしマカロニグラタン」。店主の志満さんが語る「マカロニに穴がある理由」にはしびれました。

三の皿「縁談きながにビーフシチュー」

貴璃と香凛のは、フローリスト千賀という花屋の姉妹だ。二人はうしろむき夕食店を訪れる。貴璃はその席で、結婚相手の央樹の母である、姑の和可子に勝たなければならないのだと力説する。和可子に引き合わされたとき、貴璃が共働きのつもりだと聞いて、和可子は「央樹を最優先にしない、家を守らない娘など持ってのほか」と喧嘩を売ってきた。貴璃はどう応戦するのか――。

『これまでまるで違う人生を歩いてきたもの同士が、同じひとつの、家族という鍋に入る』(本文p171)この一文に「縁談きながにビーフシチュー」は集約されているのではないかなと思いました。

そして、ここ笑うところじゃないのかもしれないですけど、貴璃さんの家事の苦手っぷり、和可子さんの前での失敗っぷりがほんとうにダイナミックで、こんな面白いお嫁さん、逆に教え甲斐があるのでは、と思ってしまいましたよ。

四の皿「失せ物いずるメンチカツ」

透磨と深玲の夫婦はイギリスで出会った。会社でやりがいを見つけられず退職してふらりと旅に出た透磨と、美術史を学びに留学中だった深玲では、同じものを見ても見えるものが違っていた。アンティーク雑貨を骨董市で売っている透磨は、区役所の文化財セクションで働く深玲に家計を頼っている。アンティーク店を構えたい夢はまだ夢のまま。そんな中、バイト先で社員登用の話が透磨に舞い込んできて――。

夢を追うことと、収入の問題ってすごく誰しもが悩むことですよね。だから私も、自分の現状を思い浮かべつつも、透磨の問題を自分ごととして受け止めました。

透磨がイギリスで出会ったプロフェッサーの言葉「ウイスキーは、飲む詩だ」ってちょっと格好よすぎませんか? そして、すっぱいりんごのおいしくさせかた、とっても素敵だと思いました。

五の皿「待ちびと来たるハンバーグ」

祖母である志満の経営する「夕食店シマ」――通称「うしろむき夕食店」を訪れた、孫の希乃香。希乃香は勤め先が7社連続で潰れた、という経歴を持つなかなかの不運の持ち主だと自覚している。希乃香は実祖父――おじいちゃまが見つからなければ、うしろむき夕食店をたたむと志満に言われていて、やっとたどりついた居場所を失いたくない一心で祖父探しに奔走するが――。

「人生に失敗なんて、あるものですか」そう希乃香に告げる志満さんの言葉が胸に響いて、これは希乃香でなくても泣く、と思いました。そして、ずっと探していたあのひとの正体が、ぴんと一本の線でつながる感動。

どなたにも、ぜひ味わっていただきたいです。そして、志満さんとおじいちゃまが別れないといけなかった理由も、切ないけれど納得のいくもので、でも「また会えた」のですよね。大団円です。

小説で人間ドラマを読むのは、私の楽しみのひとつであるのですけど、それはやはり、作品の渦中で悩みもがく主人公たちが、問題を解決してまた明日のために前を向く、そういうシーンがとても好きだからです。

その意味で、この「うしろむき夕食店」はそんなシーンがふんだんに、ぴかぴかの白いお皿にたっぷり盛り付けられた、美味しい一択しかない作品でした。

素敵な物語を、冬森先生ありがとうございました。

最後に。

「あのう、デザートは何がありますか?」



1作目「縁結びカツサンド」もぜひ!





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上田聡子
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