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【小説】京都府警あやかし課の事件簿ファンアート「紫陽花の恋」
こんにちは、上田です!
今日は、ふだんから仲良くさせていただいている天花寺さやか先生の「京都府警あやかし課の事件簿」のファンアート(二次創作)をさやか先生ご了承のもと、書かせていただきました!
この季節にぴったりの、大ちゃんの淡い恋のお話です。
では、どうぞ!
六月半ば、京都市内も梅雨前線の影響で毎日しとしとと雨が降り続くようになった。大の勤める「喫茶ちとせ」にも、雨脚のせいか客は少ない。ガラス窓に流れて線を描く雨粒を眺めながら、大は琴子に話しかけた。
「塔太郎さんと玉木さん、帰ってきませんね」
琴子は鍋を磨きながら答える。
「まーたパトロール中に、妖怪の一匹や二匹出くわしたんと違う? 追っかけっこでもして、帰りが遅れてんのやろ」
「おにぎりでも、握っといてあげましょうか。たぶんこの時間まで出歩いてたら、お腹すいたはるでしょうし」
「大ちゃん、ほんまに優しいなあ。そしたら、冷蔵庫に梅チャーハン用の梅干しあるし、それとしらすのおにぎりはどやろ」
「あ、いいんじゃないでしょうか。たしかその梅干しって、琴子さんのお母様が去年梅仕事されたときのってこの間お聞きしたような」
「そうそう。今年も漬けるー言うてはりきってたから、大ちゃんにもお裾分けしたげるわ」
「ありがとうございますー!」
二人で炊いたごはんに刻んだ梅としらすを混ぜ込んでおにぎりを作っていると、上から深津と竹男も降りてきて、竹男がさっそく「お、うまそうやないか」と手を伸ばしてくる。
「あんなぁ! これは外に出てる塔太郎君と玉木君の分やねん。竹男さんはさっきまかない食べはったでしょ」
「ええやん、おにぎりの一つや二つくらい。また握ればいいんやし」
「大ちゃんの手間も増えるやろ、誰が握ってると思ってんの」
琴子と竹男がぎゃーぎゃーと騒いでいる中、深津が大に声をかける。
「塔太郎と玉木、遅いな」
「そうですよね。もう六時半回ったのに……」
大が「大丈夫かな」と心配しているところへ、ばたんとちとせの入口のドアが開き、塔太郎と玉木がようやく姿を見せた。
「あー、重かった!」
「やっと着きましたね、塔太郎さん」
なんと二人がそれぞれに抱えていたのは、大きな紫陽花の鉢。塔太郎のは青い花、玉木のものは赤紫の花だ。しかも、この雨の中鉢を抱えていたのでろくに傘もさせなかったらしく、二人ともずぶぬれだ。
「えー、どうしたん、その紫陽花」
琴子の言葉に、塔太郎が苦笑いする。
「あやかしの牛車に轢かれかけたおばあさんがいまして、腰を抜かしたところを、俺と玉木で家まで送ってったんですよ。そしたら、お礼やー言うて、この鉢俺と玉木にくれたんです」
「でも僕たち、植物の世話とか苦手だから、隊員の女性陣に差し上げようと話をしながら、帰ってきました」
「お前ら、とりあえずちゃんと体拭け。風邪ひくぞ」
深津がそう言い、大は奥から大きなタオルをとってきて二人に手渡した。フロアに置かれた紫陽花の花が、雨にぬれて美しく輝いている。
「うちは紫陽花、庭にあるからなあ。一つはちとせに置けばいいやん。だから、大ちゃん好きなほう、おうちに持って帰り」
琴子がそう言って、大に選ぶよううながした。
「いいんですか?」
深津が破顔する。
「どうせ男性陣の家に置いたって、全員枯らすのは目に見えてるからな。おい、塔太郎、お前古賀さんの家まで運んでやれ」
「ええっ、そんな、重たいですよ」
深津の提案に大は恐縮したが、それを聞いた塔太郎はにこっと笑った。
「かまへん、かまへん。トレーニングの一環として、運ばせてもらうわ」
「なんだか、すみません……」
「なぁ、どっちをちとせに置く? 大ちゃん好きな方選び」
琴子の言葉に、大は迷いに迷ったあげく、赤紫の花をつけた紫陽花を選んだ。
自宅へ向かって、大は塔太郎と並んで歩いている。さっきよりも強くなってきた雨のなか、重たい紫陽花の鉢を抱えている塔太郎に、大は傘をさしかけていた。
――こうするしか方法がなかったとはいえ、淡い恋心を抱いている相手との相合傘がはずかしくて、しぜんとうつむいてしまう。塔太郎も照れて人目を気にしているのか、ふだんよりも言葉は少なかった。
「――大丈夫ですか、塔太郎さん、重くないですか」
「ん、平気平気や、こんなん。それより、大ちゃん肩先濡れてんで。ちゃんと傘に入らんとあかんやん」
「でも」
そうすると、塔太郎とさらにくっつく形になってしまう。顔から火が出そうになるので、大は強がった。
「これくらい濡れるのなんて、たいしたことないですよ。あとうちまで三百メートルほどなんで、もう少しです」
「よっしゃ、わかった」
一つの傘の下、互いの呼吸音まで聞こえそうな距離感に大はどきまぎしながら、なんとか自宅までの道のりを歩き切った。
大の家の前に紫陽花の鉢を置くと、塔太郎は「じゃ」と言った。「じゃあ」と言いながら大ははっとした。
「私たち、傘一本しか持ってこなかったですね! 塔太郎さん、この傘貸しますんで、持ってってください。明日、ちとせで返してくれたらいいです」
塔太郎はちょっと迷ったような表情をしたが、すぐに笑顔になった。
「走って帰るわ、と言いたいとこやねんけど、たしかに雨ひどいからな。ありがとう、借りてくわ」
明らかに女性もののクリーム色に水玉が散った傘を塔太郎は受け取り、軽く大に向かって手をあげると、雨の中を帰って行った。その姿をいつまでも見送りながら、大はさっきまでの肌が触れ合うほどの塔太郎との近さを改めて思い出し、赤くなってうつむいた。
翌朝。部屋の窓辺に置かれた紫陽花に水をやりながら、大は想う。
(塔太郎さんが運んでくれたこの紫陽花、ずっと枯れないといいなあ。――いや、枯らさへん。絶対に、私が、枯らさへん)
朝陽をあびて、紫陽花の赤紫が濡れたように光った。
以上です!いかがでしたでしょうか?
天花寺先生のファンの方にも喜んでいただけたら幸いです。
京都弁の監修についても、さやか先生にしていただきました。
「京都府警あやかし課の事件簿」については、以前に紹介記事を書いております。
あやかしファンタジーあり、バトルあり、恋ありのとっても面白いシリーズなので、みなさんぜひ読まれてみてください!
ちなみに、私自身も「あやかし課」と同じレーベル(PHP文芸文庫さん)で、7/8に初書籍でデビューする予定です!あやかし課の天花寺先生ともども、どうぞよろしくお願いいたします。
私の書籍についての情報はこちらです。
では、梅雨の時期、紫陽花が美しい季節、みなさまも日々楽しくお過ごしくださいね。そして休日の読書の時間のお伴に、私たちの小説もぜひ仲間入りさせていただけたら…!
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![上田聡子](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/90271019/profile_7761c117c659b33d3dc50b9cee203972.png?width=600&crop=1:1,smart)