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【ショートショート】僕の話
僕の名前、ケンジって名前ね。
僕のママが好きなアイドルから取ったんだって。
ほら、知らないかな。
随分前に解散しちゃった、伝説のアイドルグループ。
あの、ケンジ。
ママがケンジの大ファンで、ケンジみたいなイケメンになってほしくてつけたんだって。
少しおつむが弱いでしょ。
でも、僕のこと大事に育ててくれたんだ。
溺愛ってやつ?
僕、父親がいないしね。
おつむが弱い女だったから、騙されたんだか逃げられたんだか…。
まあ、そこら辺よくわかんないんだけど。
だから、僕はママにとって最高の息子で、最高の彼氏でなきゃいけなかったわけ。
別にそれは、嫌ではなかったんだよ。
おつむが弱いなりに、必死になって働いてさ、僕に不自由がないように頑張ってくれてたし。
そりゃ、もっとお金がある家がよかったって思わなかったこともないけど、他所の母親の話とか聞いてると、ああ、僕はママでよかったなとか思っちゃったりして。
高校も大学も授業料なんて払えないからさ、進学するなら特待狙わなきゃいけなかったんだ。
だから、死ぬほど勉強したし、内申点も良くしたかったから部活もボランティア活動もすっごい頑張ったんだよ。
恋は…まあ、人並みかな。
僕、ママの望み通り顔がいいみたいでさ、割とモテたんだよね。
なんか、自慢っぽくなっちゃうけどね。
学生の時、すごく大変だったけど、今考えてみたら腐らずに頑張ってよかったよ。
そのおかげで、いい大学をいい成績で卒業出来たから、就活も正直楽勝だったし、みんなが憧れる有名企業ってやつで、まあまあいいお給料も貰えてる。
だから、君に出会えたんだ。
君は本当に可愛くてさ、綺麗なお洋服を着て、髪も爪もいつも素敵で、ニコニコしてて、お人形さんみたいだなって、いつも思ってた。
でも、君の周りには君とつきあいたい男達が絶え間なくいてさ。
みんなでいつも君を取り合ってる。
そんな君の視界に入るにはどうしたらいいんだろう、ってずっと考えてた。
でも、ある日奇跡が起きたんだ。
君に群がる男達の隙間から、君の視線を見つけた時は本当に気持ちが高揚したよ。
僕の存在が許された気がして。
そこからは、あっという間だったね。
覚えてる?
バリ島に行ったときのこと。
あのヴィラ良かったよね。
こんなこと言うの野暮だけど、あそこの宿泊料金結構高かったんだよ?
君がおねだりしたあのネックレス、すごく似合ってた。
僕が君に買ったピアスも、腕時計も、鞄も、洋服も、全部全部君の為に買われるのを待ってたんだって、本気でそう思ったよ。
だから、君にどんなにお金を使っても、時間を使っても、全然苦にならないんだ。
君が欲しいものは、全部僕がプレゼントしてあげる。
それで、君の輝きが増すなら僕はそんなちっぽけなこと気にならないんだ。
だって、お金は使ったら稼げばいいだけだからね。
僕にはその能力があるから、そんなことは何の問題にもならないんだよ。
ーと、まあ、容姿端麗で経済力も同じ年代の男達よりもあって、色んな女から言い寄られてる僕に愛されてたのは、さぞかし満たされただろう?
君の、つまらない優越感とプライドが。
いい気分だっただろう?
世間から持て囃されている男が、まるで奴隷のように、自分に貢ぎまくって必死に愛されたがっている滑稽な姿が可笑しくて可笑しくて仕方なかっただろう?
僕が持っている能力、僕が持っている財力、その全てが自分のものだと「幸せな勘違い」は、出来たかい?
いいね、幸せ者だね。
僕は君と出会ってから、ずっと、ずっと、ずーっと君のことを幸せにしてきた自負があるよ。
幸せだったでしょ?
そしたら、今度は僕が君に幸せにしてもらう番だなぁ。
でも、君は何も持ってない。
金も名誉も権力も能力も。
あるのは、膨れ上がった虚栄心と、時が経てばみっともなく朽ち果てる見た目だけ。
そんな君が、僕をどう幸せにできるか、わかる?
僕の為に死んで。
僕は、僕の為に死んでくれてこそ、君の愛を心から信じられるんだよ。
その瞬間の為に、僕は死ぬ思いで努力して手に入れた才能を使って金を稼いで、行きたくもない旅行へ行き、欲しくもないアクセサリーや洋服を買って、君に尽くしてきたんだ。
これこそ、本物の愛だと思わない?
本当に君は反吐が出るくらい素敵だよ。
うっとりするほど頭が悪くて、心が躍るほど醜いね。
僕は、そんな君を心から愛している。
だから君も、僕の愛に応えて。
ねえ、僕のこと愛してるでしょ?
じゃあ、死んで。