可愛いへの呪詛

ゆひへ

 ゆひは葉月ちゃんに「可愛いから友達なりたくて声かけた」って言われたことを、少し暗い声音で伝えてきたよね。私はそれに「友人に可愛いさ求めてないし、顔で友人選ぶ人の気持ちわかんないな」って言って、ゆひは少し嬉しそうな顔をしてたけど、あれ嘘だよ。

 ゆひは私のこと同じクラスになるまで全然知らなかったって言ってたけど、私は当然知ってたよ。だって学年で1番可愛いって有名だったもん。そんな子と2年で同じクラスになって、この子が居るところが1番のグループになるってすぐ分かったから、なんとか近づいて仲良くなったんだよ。
 ゆひは可愛いだけじゃなくて面白くて明るくて優しくて良い子で、結構気が合った。ゆひと一緒にいるのめちゃくちゃ楽しかった。それは絶対嘘じゃないと思う。YouTubeのオススメ欄ほぼ全部同じだって、親友だったよね私たち。
 でも私、ゆひに結構嘘ついてたよ。ゆひの好きなカートゥーンのアニメ知ってるって言ったり、好きな曲も、趣味も寄せてたな。影響されてたとも言えるけど。だからオススメ欄が同じなのだって全然奇跡じゃなかったよ。私、本当は全然オシャレじゃないボカロとか、漫画やアニメ、Vtuberが大好きだった。でもそんなこと一言も言えなかった。授業中にノートに描いてた落書き、必死にゆひたちから隠してたけど、私がオタクなのも、それを隠したがってるのもバレバレだったよね。恥ずかしい。当時は気を遣わせてごめんね。

 文化祭でお揃いコーデしてお揃いのメイクしたよね。でも私、あの時クラスのカーストトップの男子達にヒソヒソ笑われてたんだよ。あからさまに何か言われた訳ではないけど、あの視線は確かにそうだった。私はそういうの初めてじゃないから、分かった。ゆひが気づいてたかはわからないけど。
 ゆひは嘘みたいに白くて細いから、夏服の袖折れていいよね。オシャレでいいねって言ったらえりもそうしなよって言われて捲ってくれたけど恥ずかしくてすぐやめた。ゆひの腕と全然違ったから。太い二の腕、女の子なのに濃い腕毛、黄色い肌。
 ゆひはもちろん努力もしてただろうけど、生まれつき華奢で色白で体毛薄いよね。髪の毛だって、元から透けるように茶色くて柔らかくて、いつもサラサラ。突然一緒にひなの家でお風呂入ることになった日、処理されてない私の腋毛見て「そんなとこまで生えたことない」ってすごく驚いてたよね。テニスの授業の時、日焼けし辛い代わりにすぐ赤くなるし、汗もあんまりかけないから熱中症になりやすいって言ってたよね。夏空の下、熱を溜め込んですぐ赤くなる頬すら可愛かった。ダイエットなんてゆひの口から聞いたこともないし、体見たらわかる。生まれつき骨から細いなって。
 私は元々体毛が濃くて、ブサイクで、髪も癖っ毛だったけど、身なりに無頓着だったのが醜い容姿に拍車かけてた。太ってたのなんて完全に自己責任。でもね、私本当は「可愛い」に興味なかった訳じゃない。更に言えば、ゆひが恋バナする度に静かになってて、えりもいつか恋できるよ!なんて言われてたけど、恋愛に興味なかった訳でもないよ。

 嘘だと思われるだろうけど、私が人生で初めて持った夢はアイドルだったよ。好きな色はピンクで、かわいい女の子のアニメ見て、かわいい女の子の絵描くのが大好きだった。家の中ではいつもピアノに反射する自分みながら歌って踊って、アイドルごっこしてた。幼い頃は周りの大人たちはみんな可愛い可愛い言ってくれて、それが世界で1番嬉しい言葉だった。幼稚園では好きな男の子だっていた。
 でも小学校に入って、私のキラキラな世界はどんどん壊れていった。入学直後の自己紹介カード。真ん中の自画像にキラキラ可愛い女の子の絵を描いて、将来の夢の欄はアイドルって可愛いデコ文字で書いた。その自己紹介カードは教室の後ろの壁に貼られた。
 授業参観のあとだったかな?詳しい経緯は忘れたけど、お姉ちゃんが私の教室に来て、それ見て、すごい大きな声で笑った。アイドル?信じられない。恥ずかしいって。真ん中の自画像も変だって。ぶっちゃけあんまり覚えてないんだけど、確かクラスの女の子にも笑われた。そこで馬鹿な私はようやく気づいた。「ああ、私可愛くないんだ。アイドルになんてなれないんだ。可愛くない私がアイドル目指すのは、すごく恥ずかしいことなんだ。」って。もちろんその自己紹介カード勝手に剥がすわけにもいかないから、暫く地獄だったな。すっごい恥ずかしかった。お姉ちゃんにはそれから何年もイジられ続けて、その度にヘラヘラ笑って流してたな。本当に馬鹿だよね。今となっては親戚たちが私を可愛い可愛い言ってたことすら憎い。
 2年生に上がる頃には、ピンクを好きって言った子はぶりっ子だってイジメられるから、水色好きってことにしてた。近所に住んでて一緒に下校してた可愛くない子が、揶揄われてもピンク好きを貫き通してて、私はこの子馬鹿だなって思ってた。最低だよね。今なら、私なんかよりあの子の方がずっとずっとずっと素敵だったことがわかる。私は好きを突き通す勇気もなくて、馬鹿にされたくなくて傷ついてもヘラヘラ笑って、見た目も中身も全部醜い。あの頃からずっと。
 そんなことがあって、「ブサイクな私が可愛くなろうとするのは醜い」「ブサイクな私が人を好きになるのは醜い」「ブサイクな私が可愛いものが好きなのは醜い」ていう考えが根底に染みついた。だから私は自分の容姿に頓着するのをやめた。可愛いを目指してるのがバレたら恥ずかしくて堪らないと思った。きっと、単純にズボラなのももちろんあるけど…。

 ゆひは優しいから、素敵だから、心までかわいいから、卒業してからもずっと私に連絡してきてくれるよね。私何回も無視してるのに。ごめんね。根負けして、今月末に会う約束したよね。でもやっぱり私、会うのやめようと思ってます。卒業して、もうスクールカーストなんて意味なくなって、ゆひの側にいないといけない理由もなくなった。最低だよね。私は中身も全部ゆひよりずっと醜い。こんな私のことは、忘れて下さい。ゆひのこと大好きなのに、嫌いで、ごめんなさい。ゆひはずっと私の永遠の憧れです。




蛇足

 このブログは、超⭐︎社会的サンダルの「可愛いユナちゃん」を聴いて衝動的に書きました。ゆひはこんな曲絶対聴かないで下さい。ゆひの「エモい」が好きなとこも、しょーもない男とのしょーもない恋愛ごっこを本気で楽しめるところも、大学入って簡単にヤニカスになったところも、うちと違って家族仲良いところも、ちゃんと人に見せやすい綺麗な不幸まで持ってるところも、色々書きたかったけど、可愛いへの呪詛からは逸れるから割愛します。

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