小説の書き出しのような
雪の降る朝が好きだった。
暖かくて安全な室内の窓辺から、しんしんと雪の降る一面の銀世界をじっと見つめる。
その世界に音はない。
記憶の情景は幼い頃に住んでいたマンションの101号室の部屋。その窓から眺める外の世界。
そしてその記憶のなかには誰もいない。
家族が多かったので、まわりにはたくさんの人がいたはずなのに、その情景を思い出すときだけは、ただ私がその静かな世界に溶け込んでいるかのように、その情景だけが思い浮かぶ。
わたしにとっての幸せの感覚は、この雪景色だ。あたたかくて、いつまでも溶けていられそうな安心感のある空間。まどろみのなかで世界と一体となっている感覚。
わたしの、いや、わたしのものなのかもわからない、生きものとしての感性の記憶がそこにはあった。
そしてその記憶のなかには誰もいない。