松尾スズキ演出版キャバレー(2017)の「男」について
※別のところに書いたものを移動してきました。
2017年1月11日に公演が始まったミュージカル「キャバレー」は初演が1966年でかなり歴史のある作品で、日本でも色々なバージョンや海外カンパニーの来日公演など度々上演されている作品です。
演出によってかなり色が違うのですが、現在上演されている松尾スズキ演出のキャバレーには他のほとんどのバージョンで存在しない特有のキャラクターがいます。
(ちなみに自分は松尾スズキ演出版は今年始めて観たので2007年上演版でそのキャラが居たのかわかりません。知ってる人教えてください)
そのキャラクターは物語の本筋の重要人物というわけではなく、というかそもそも元々存在しないキャラクターなので名前も無くパンフレットなどにもただ「男」としか書かれてないのですが、今回のキャバレーという作品の上でめちゃくちゃ重要な立ち位置を担っています。
というわけでその点に関して大変興奮してるのでそこについて語ろうと思います(完全にネタバレですお気をつけください)
この「男」というキャラクターについては冒頭のシーンと最後のシーンに大半が集約されてるのでそこについてまず語りたいと思います。
このキャバレーという作品は映画も含め色々なバージョンがありますが、大抵の場合始まりのシーンは、この作品の狂言回しであるMCというキャラクターが出現するところから始まります。
映画版と舞台版をいくつか確認しましたがどんな出てき方をするかはともかくまずMCが出現するところから始まってました。
しかし今回の松尾スズキ演出版は違います。
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不穏な空気が流れる夜の街。
空襲警報のサイレンが鳴り響き時折遠くで爆音が聞こえてくる。
街は廃墟と化しそこかしこに瓦礫の山が築かれている。
そこへ数人の男たちが逃げてくる。
瓦礫の上に伏せ身につけていたコートを脱ぎ自分に掛けて身を隠そうとする。
遅れてきた1人の男、彼の胸には黄色い六芒星のマーク。彼はユダヤ人だ。
彼は仲間が隠れる瓦礫の中にあるものを見つける。
崩れてしまった建物の壁の一部、そこに怪しげな風体の男が描かれている。
男からは吹き出しが出ており「Willkommen」の文字。
ここは昔ベルリンで1番イカすキャバレー「キットカットクラブ」があった場所だった。
男は懐かしさから壁に描かれた人物の顔を持っていたハンカチではたく。
その様子を見た周りの仲間は男を止めようとする。
すると男は近くの瓦礫にバンジョーはあることに気付く。
男はバンジョーを手にすると懐かしいメロディを奏で始め、するとそこにMCが現れる。
この街の名は、ベルリン。
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みたいな始まり方をするわけです。
で、本編は存在する他のバージョンとそこまで大きな差はなく進み、最後のシーン。
松尾スズキ演出版キャバレー(2017)は
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フィナーレの後にまたあの瓦礫だらけの夜の街に戻りMCが元出てきたところへ消える。
瓦礫に身を隠していた者たちは動かない。
恐らくもう起き上がることはないだろう。
奏でていたバンジョーの弦が切れる。
バンジョーを持った男だけが独り残され、響く爆音。
暗転。
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みたいな終わり方をするわけですよ。
つまり、今回の松尾スズキ演出版キャバレー(2017)は、この名も無きユダヤ人の「男」の頭の中の出来事っていう演出なんですよね。
今説明した最初と最後だけでなく、本編でもこの「男」はドイツ国境の人とかタクシー運転手とか水兵とかガス屋とか支配人とかちっちゃいピアノを弾く人とかなんやかんやいっぱい出てきて、なんというか全てのシーンはMCか男(あるいはその両方)が眺めている・という演出になってるんですよね・・・
自分はこの「男」とMCは対というか同じ存在でこの「男」が想像する世界を一緒に回す存在なのではないかと思います。
キャバレーという物語が丸ごと全部特定のキャラクターの頭の中のことだとハッキリさせてしまったことで、舞台上で起こる不条理なこととかが全部なんの不思議でもないことになってるのがこの演出の怖いところだと思います。恐ろしい・・・。
それにMC登場から始まるバージョンではその後どうなったかみたいなのはご想像にお任せします状態なのに、この演出だとハッキリキットカットクラブが無くなったことを描いちゃってるんですよね・・・恐ろしい・・・恐ろしい・・・
自分はこの作品を縁あって3回観ることが出来たのですが、1回目はただ物語を追うのに精一杯で、2回目でMCに「男」っていう相方キャラがいることに気付き、3回目でこの話が「男」の頭の中での話であることにようやく気付いてうわーーーーーってなりました。
気付く人は1回目で気付きそうな演出なのに多分他のバージョンのことが頭にあって先入観とかで目が曇ってたんだろうなと思うことにします。
なんていうか、本当、恐ろしいです。