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子ども日本風土記 (群馬)① 「 蚕を飼う母 」


母の好きな仕事は、蚕を飼ぅことだ。
「ゆうべさ、かあさんうんとへんな夢をみちやつた。
あのなぁ、かあさんが蚕室(さんしつ)へ行くと、でっかくって、ころ .
ころしていたおこさまがみんなすきとおつて、しなびたようになつているんさ。
『しまつた!桑をくれるのをわすれた』と思つたら目がさめちやつた。
かあさんこのごろおこさまがだめになった夢ばかり見てほんとにやだ
よ」
と毎朝のように言う。母は蚕をはずした(だめにした)ことがない。
蚕がはじまると、母が人が変ったようになる。
蚕のことで頭がいっぱいのようだ。そして、蚕や桑にすごく気を使う。

朝は四時におき、夜ねるのは十時すぎだ。
それだけでも疲れるのに大きくなつた桑を切りに行く。
私も手伝ったことがあるが、あの桑を耕うん機まで一回運んだだけだって首や手がかゆい。
その上に汗が出るからたまらなくいやな気持だ。
それなのに母は、なんともないようにどんどん桑切りを続ける。
ばたばたたれる汗をぬぐおうともしないで顔をまっつ赤にして桑を切る。
そんな母はまるで機械のようだ。
そして夜、風呂に入ると、「ああ、生き返つたようだ」と何度もいう。
そして、「蚕が上がって金が入ったらスーツでも買うかなあ……
そういえば、となりにうんと安くっつて、感じのいいのが来てたっけ。かあさん、あれねらっているんだ・・・・だけど秋子が幼稚園に入るし、やっぱりだめかなあ」

「そんなことを言っていたら一生着られずに終っちゃうじやない」

「だけどさあ、春は農協へ肥料代だのなんだのってみんな取られちやうし、田植えに手つだいに来てくれた人にも、金やらなきゃなんないし、手つだいに来てくれた人に、まさかつけものを出すわけにいかないから、おいしいものを出すだろう、そのお金だっておろさなけりゃあなんないしさ、だいたい百姓はさ、春は収入がねえからなあ」

その言葉に私も黙りこんでしまった。
そういえば毎年そんなことで母がいっしょうけんめいかった蚕のまゆのお金を取られちゃう。
かんじんの母は何も買えない。
ただ、何か買いたいなあと思うだけで汗を流して取れたお金は羽がはえたみたいに、アッというまになくなってしまうのだ。

                         ( 利根郡 月夜野町 一中 二年  林 淑子 )

子ども日本風土記(群馬)より

***

高校を卒業して、入学したのは群馬大学教育学部であった。
四畳半一間の質素な下宿。
窓を開けると、目の前は桑畑(蚕の餌)で、遠くに榛名の稜線が見え、涙が出る程さびしい景色であった。

春先でも「からっ風」は冷たく身に染みた。

しかし、この作文を読んでいると、苦労をしていてもカラッと明るく頑張る上州の女性の姿が浮かんでくる。
上州弁も懐かしく、耳に心地よい。

私の義理の母も、上州人であるが、こんな風に明るく逞しいひとなのである。



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江島 達也/対州屋
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