昭和期に描かれた青年漫画の白眉である、青柳 裕介氏の「土佐の一本釣り」
もうだいぶ前のことになりますが、私がガイドとして乗り込んでいた軍艦島ツアー・クルーズ船の近くに、高知県のカツオ船団が停泊していました。
いわゆる「とさかつ」こと土佐の鰹一本釣り船団です。
鰹の一本釣り漁師と言えば、一年の大半を黒潮に乗って北上する鰹の群れを追って暮らす、「屈強の男達」なのです!
この日は、沖縄付近を移動中の台風を避けるために入港していたようです。
そしてこの「土佐鰹船団」は私にとって、大変思い入れの深いものでもあります・・・。
学生時代、青柳裕介氏の漫画「土佐の一本釣り」が好きで好きで、たまらず!?全25巻をそろえたばかりでなく(今も大切に持っている)、ついにはこの漫画の舞台となった高知の土佐久礼(とさくれ)まで足を伸ばしました。
当時住んでいた群馬県からに自転車と列車を乗り継いで・・・という「ビンボー旅行」でしたが。
ご覧の通り、鰹船や風景の描写がすばらしく、またその内容というのは、鰹漁師である主人公や仲間達、土地土地の人々を通して「ヒトとして(集団として、社会として)の在り方・生き方」を後世に伝え残すものとして、まさに遺産的な価値が高いと信じてやみません。
作者の青柳氏はもうかなり前に残念ながら亡くなっているのですが、この本は私が本当に疲れたときに読みたくなり・・・そして読むと必ず力が湧いてくる・・という超五つ星☆の漫画なのです。
青柳氏のすぐれた遺作への敬意も込め、全25巻の中から最も印象的であった8巻・第57話「不夜城」というストーリーを一部紹介したいと思います。(紹介の為、キャプチャーさせて頂いております。ご了承ください)
私にとって「不夜城」という言葉のイメージは、「三交代・24時間操業」であった、かつての炭鉱町を指すものという認識が強く、夜の軍艦島を描いた作品にも、その名を借りたことがあります。
高知県中土佐町久礼(なかとさまち、くれ)の一本釣り漁港を舞台にした、この作品。この小さな港町に「秋の豆台風」が来襲することから、物語は展開していきます・・・・
主人公、小松純平の恋人・八千代の父、千代亀ら漁業関係の重鎮たちは、土佐久礼付近で、帰港途中の清水のカツオ船が、台風に巻き込まれたとの報を受けます。
久礼の男達は、同じカツオ船漁港の仲間として、台風の中帰港しようとした清水の船に思いを馳せます。
漁協は急遽、関係者を集め、対策を協議しようとしますが、古老は「こんな時は、男だけにしたらいかん!」とリーダーシップを発揮します。
続けて古老は、「女は口出しをしたらいかんが、男だけにしたらいかん。女性の姿を常に視界に入れておけ」と言うのです。
そんな重苦しい空気を破るように、主人公・純平は、救助船を出すことを進言します。
決断しかねる責任者たちに苛立ちをつのらせる純平に対し、重鎮たちもまた思いを吐き出します。それはもちろん、二次災害による被害者を出してはいけない・・・という思いでした。
純平の発言から、状況ははげしく動いていきます。
そしてここから「第57話 不夜城」が始まるのです・・・・・
「ワシら、漁師が助けにいかんで、誰がいくんじゃ!」・・という純平の言葉に、海の男たちの「気」が走り出します。
「おまんは、もうこれ以上、なんも言うな・・」と純平を制した古老でしたが・・・
ついに男たちは遭難救助のため、荒海にでてゆく決断をします。
それまで黙っていた船主も、船を出すよう船頭に進言します。
そして、重鎮らも参加した救助隊は、港を出発するのです。
男たちが去り、悲嘆にくれる女性たちでしたが、ここらが古老のリーダーシップの発揮しどころでした。
古老、ばっちゃんの指示に最初に気づいたのは、船上の純平でした。
真っ暗な久礼の町に、次々と灯りが着いていきます・・・・
ばっちゃんの指示は、海にいる男たちに「町の灯」を見せよ!ということでした。
救助に向かう男たちは、大いに勇気づけられます。
そうです。「不夜城」とは、自分の家族が暮らす故郷の家、ひとつひとつが集まったものなのでした。
ここで8巻「不夜城」は終了します。9巻「遠吠え」では、遭難者を無事救出します。その間も「不夜城」では、女性達が毛布集めやおにぎりの炊き出しなどに奔走していました。ここで初めて古老・ばっちゃんは仏壇の前に座って祈っておりました。
救助された清水の船員たちは、無事を知らせるため家族とひとりずつ電話で話します。その中で、子どもが電話に出た男は、泣きながら「なにーバカ、父ちゃんが死ぬか!!」と話します・・・・
今、災害が起こると若者やお年寄りは、どちらかというと「蚊帳の外」のような感じであるようですが、青柳さんが描いた「不夜城」では、まったくそんなことはなく、むしろお年寄りや若者の存在が際だっているのが印象的です。
日本のどこにでもあるような小さな港町が「不夜城」であったことを作品として描いた青柳裕介氏でしたが、2001年に56歳という若さで癌のため亡くなっています。
青柳さんは、ずっと故郷・高知に住んで小さな町とヒトを描き続けた漫画家さんでした。