【短編小説/タイトルは...】
赤い部屋
壁に描かれた古びた赤い跡。
それは手のひらほどの大きさで、まるで誰かが指を震わせながら壁に押し付けたような形をしていた。
「お願い……私を……」
微かに耳に届く声は、すぐ近くから響いているようだったが、誰もいない。
部屋の中心には、割れた鏡がひっそりと置かれていた。
そこに映る自分の姿が、ふと気づくと自分ではない何かに歪んでいる――。
1章：奇妙な部屋との出会い
引っ越しを決めたのは、突然の解雇が原因だった。
会社都合とはいえ、貯金が心許ない。
家賃の安い物件を探していた俺は、掲示板で破格の物件を見つけた。
「家賃3万円、即入居可能。
ただし、一つだけ条件があります」
管理人の声は、どこか低く掠れていた。
「夜中に赤い光が差し込む窓を、絶対に開けないでください」
条件付きの物件というのは怪しいが、家賃が安いことに惹かれ、深く考えず契約してしまう。
部屋に入った途端、微かな違和感が僕を包んだ。
湿っぽい空気と、どこからか漂う鉄臭い匂い。
だが、それ以上に気になったのは壁にある微かな赤い汚れだった。
「これ、塗料の跡か……？」
僕は触れた指を見つめたが、何も付いていない。
2章：不穏な夜の始まり
入居から3日目。
夜中の2時、寝苦しさに目を覚ました翔太は、窓から差し込む赤い光に気づいた。
「なんだ……車のライトか？」
窓越しに見える赤い光は、確かに何かが動いているように見える。
それが人の影であると気づいたのは数秒後だった。
動悸が早まり、無意識に窓へと近づく。
しかし、管理人の言葉が脳裏をよぎる。
「窓は開けちゃいけない」
そう思った瞬間、影はゆっくりとこちらを向いた。
窓ガラス越しに見えるその“顔”は、目も口も異様に大きく裂け、何かを訴えるようにこちらを見つめていた。
僕は息を呑み、慌ててカーテンを閉めた。
「なんなんだ、あれは……」
恐怖を振り払うように布団を被るが、耳元で囁くような声が聞こえる。
「お願い……見つけて……」
3章：赤い汚れの謎
翌朝、昨夜の出来事が夢であってほしいと願いながら起きた。
だが、部屋の壁には新たな赤い汚れが増えていた。
それは昨夜見た“影”が触れていた場所と一致していた。
「この部屋、絶対おかしい……」
管理人に問いただそうと電話をかけるが、繋がらない。
誰かに相談しようと思い友人に連絡を取ろうとするが、スマホには奇妙な着信履歴が残されていた。
【不明】からの着信。
日付は2週間も前で、まだこの部屋に引っ越す前のものだった。
心に奇妙な違和感と不安が広がる。
「……どういうことだ？」
そこで突然、窓の向こうから赤い光が再び差し込む。息を呑み、振り返る――。
4章：記憶の片隅
赤い光に気づいた俺は、恐る恐るカーテンを少しだけ開けた。
窓の向こうに見えるのは、先日見た異形の“顔”。
だが、それだけではなかった。
その背後に、朽ち果てた廃墟のような建物がぼんやりと浮かび上がっていた。
僕は心臓が跳ねる音を耳元で感じながらも目を逸らせない。
「この建物、どこかで……」
視界の端に、かすかな記憶の断片がフラッシュバックのように現れる。
それは、幼い頃に家族と訪れた古い工場跡のようだった。
「いや、そんなはずはない……」
頭を振って否定しようとするが、記憶はより鮮明になり、赤い光がまるで過去を無理やり引きずり出すように俺を包み込む。
5章：真実の扉
耐えきれず、とうとう窓を開けた。
その瞬間、赤い光は彼の視界を飲み込み、耳元には強烈な風音が鳴り響いた。
気づくと彼は、見知らぬ場所に立っていた。
足元には乾いた土と赤い液体がこびりついている。
周囲を見渡すと、あの廃墟の建物が目の前にそびえていた。
「ここは……」
言葉を呟く間もなく、背後で物音がした。
振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
彼女の目は虚ろで、手には赤い手形が付いた鏡を持っている。
「どうして、戻ってきたの？、あなたは..」
その声を聞いた瞬間、僕の脳裏に過去の映像が一気に流れ込んだ。
幼い頃、この廃墟で遊んでいた翔太と友人たち。
彼らは見つけた地下室で“鏡”を手に入れた。
その鏡には、他人の過去を映し出すという噂があり、遊び半分で試していたのだ。
だが、その遊びの最中に何かが起こった。
――誰かがいなくなった。
「待て、僕は……」
記憶が断片的で混乱していたが、一つだけ確信した。
目の前に立つ少女は、あのとき消えた友人――「彼女」だった。
6章：謎が蠢く部屋
「どうして……お前がここに……」
翔太は震える声で問いかけた。
だが、少女はただ赤い手形の付いた鏡を差し出しただけだった。
鏡に映るのは、翔太自身ではなかった。
見知らぬ“誰か”の姿。
「これは……誰だ……？」
その瞬間、胸に激痛が走る。視界が赤く染まり、耳には先ほどの少女の声が囁くように響く。
「忘れたのね……全部」
意識が薄れていく中で、翔太は思い出した。
赤い部屋――それは彼が過去に閉じ込めた記憶の象徴だったのだ。
そこに隠されたのは------
しかし、その全貌が明らかになる前に、視界は完全に暗闇に覆われた。
7章：揺らぐ現実
気づくと、翔太は自宅のベッドに横たわっていた。
窓から差し込む朝の光が、彼を現実に引き戻す。
だが、全身を襲う違和感が拭えない。
「夢……だったのか？」
額には汗が滲み、手のひらを見つめると、赤い手形のような跡がかすかに残っていた。
テーブルの上に見覚えのある“鏡”が置かれているのに気づく。
「これ、どこから……」
恐る恐る鏡を手に取り、覗き込んだ。
鏡に映るのは、僕の顔ではなかった。
そこに映っていたのは――廃墟で出会った少女の顔だった。
8章：記憶の檻
翔太は思わず鏡を叩き割ろうとしたが、手が止まった。
鏡の中の少女が微かに笑い、口を動かしたからだ。
「逃げられない……ずっと、ここにいるの」
その声を聞いた瞬間、僕の頭に再び激しい痛みが走る。
彼は足元が揺れる感覚を覚え、気づけば再びあの廃墟に立っていた。
「やめろ……もう、終わりにしてくれ！」
叫ぶ俺の背後から声が聞こえた。
「終わり？まだ始まってもいないよ」
振り返ると、そこには廃墟の中で消えた“友人”たちが立っていた。
彼らの顔には笑みが浮かび、その瞳には狂気が宿っていた。
「翔太も、僕たちと同じだよね？」
そう言いながら彼らはゆっくりと俺に近づいてくる。
翔太の脳裏に浮かぶのは、あの日の出来事――鏡を囲んで遊んでいたはずの仲間たちが、一人ずつ消えていく光景だった。
「僕が……消したのか？」
僕の手が震え、記憶の断片がさらに繋がり始める。だが、それはどれも恐ろしい結末を示していた。
9章：逃れられない部屋
僕は廃墟の中を彷徨い続けた。
どこを歩いても、同じ赤い部屋に戻ってしまう。
壁には血のような手形が増えていき、心臓は壊れるほどに高鳴っていた。
「これは……夢だよな……？」
息を切らせながら呟いた瞬間、背後から冷たい声が響く。
「夢だと思いたいのか？」
振り向くと、そこには血に染まった友人たちが立っていた。
顔は笑っているのに、瞳は深い闇を湛えていた。全身に鳥肌が立つ。
「どうして、みんな……ここに？」
友人の一人、健太が一歩前に出て鏡を手渡した。
「これを見てみろよ、翔太」
鏡に映っていたのは、幼い翔太と赤い部屋。
そして、その手には錆びたナイフが握られていた。
映像の中の翔太は、何度もナイフを振り下ろしている。
だが、僕にはその記憶がなかった。
「嘘だ……こんなこと、僕がするわけない……」
鏡を地面に叩きつけたが、割れることなく跳ね返り、そのまま自分の手元に戻ってきた。
「忘れたくて、記憶を消したんだよな？」
別の友人が囁くように言った。
その言葉に翔太の頭がガンガンと痛み、封じ込められていた記憶が少しずつ弾けていく。
記憶の断片
赤い部屋で遊んでいた幼い頃の翔太。
笑い声が響く中、突然誰かが「危ない！」と叫ぶ声が聞こえる。
次の瞬間、ナイフが振り下ろされる音、血が飛び散る感覚……。
手が震え、頭を抱えた。
「僕じゃない……僕がやるはずない……！」
だが、記憶の中の光景はあまりに鮮明だった。
真実の境界
「翔太、忘れたのか？俺たちを……」
健太が冷たく言い放つ。翔太は息を呑み、立ち上がる力も失っていた。
そのとき、赤い部屋の空間が歪み始めた。
「なんだ……？」
目醒めると、俺は自宅のリビングに座っていた。
目の前のテーブルには、汚れたナイフが置かれている。
混乱する俺の後ろで、テレビのニュースが流れていた。
画面には、廃墟で発見された複数の遺体と、犯人が捕まったと報道しているアナウンサーの姿が映る。
「やっと解放される」
俺の白いTシャツには赤いシミが滲んでいる。
俺は唇の三日月を静かに触って、笑った。
タイトル:僕に受肉した翔太
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