【意味が分かると切ない話/タイトルは一番下に】
序章: 母
夜明け前の静寂。その時間がいつも沙織の心を最も揺さぶる。
震災で亡くなった娘、美咲を思い出す瞬間が、ここ数日特に強まっていた。
美咲の命を奪ったその日、全てが変わってしまった。それまであった家族の笑顔、日常、未来への希望が、一瞬で奪われた。
第1幕: 消えない存在
震災後、美咲の部屋だけはそのままにしておいた。
そこは、かつての生活の名残が息づいている場所。
震災によって家の一部が崩壊したが、美咲の部屋だけは奇跡的に手付かずで残っていた。
そのため、沙織はその扉を開けることができないでいた。しかし最近、不思議なことが起こるようになっていた。
写真立てがずれたり、棚にあった美咲が大好きだったアイドルのグッズが床に落ちたり。
最初は偶然だと思ったが、ふとした瞬間に美咲がまだここにいると感じ始めた。
「まさか…」と思うが、心のどこかで彼女の存在を信じたい自分がいた。
第2幕: 記憶
震災の数日前、美咲は母親とアイドルのコンサートに行き、夢中で楽しんでいた。
美咲の笑顔は、沙織にとって何よりも宝物だった。
だが、その数日後、あの日が訪れた。地震が起こった瞬間、美咲と一緒にいたが、瓦礫が崩れ落ち、娘の姿を見失った。
沙織は何度も叫び、娘を探し回ったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
それが沙織にとって最も辛い記憶だった。
「あの時、もっとしっかり美咲を守っていれば…」という後悔が今も心を支配している。
第3幕: 生きること
美咲は気がつけば意識を持っていた。
思うところは色々あるが、美咲は自分がこの世に留まり続けている理由を考えた。
震災で命を落とした後も、ずっと母親のそばにいたいと思っていた。
けれども、最近になって分かったことがある。「お母さんが私を観測する限り、私はここに留まってしまう」
それは、私が母を縛りつけてしまっていることを意味していた。
「お母さんをこれ以上苦しめたくない」
その思いが美咲の心に響き、彼女は決意した。
もうこの世から消えるときが来たのだと。
美咲は母親に最後に感謝を伝えようとした。
赤ちゃんの頃、お母さんが「生まれてきてくれてありがとう」と言って、おでことおでこを合わせた場面が記憶の中に浮かんだ。
そのときの温もりを、今度は美咲が母親に伝えたいと願い、そっと母のそばに寄り添った。
「お母さん、ありがとう」と心の中で言いながら、彼女は静かにおでことおでこを重ねた。
その瞬間、母親の中にあった美咲との記憶が少しずつ、けれども確実に消えていき始めた。
2人が共有した時間、一緒に笑い、一緒に泣いた思い出が、まるで砂時計の砂がこぼれ落ちるように、次々と消えていく。
消えていく私
美咲が小学校に入学した日、沙織は手を握りしめて「大丈夫だよ」と笑顔で言った瞬間。
あの日、二人で手を取り合って歩いた学校までの道は、まるで霧の中に溶けるように消え去った。
一緒に夜遅くまで夢中になって見たアイドルのコンサート、美咲が興奮して「ママ、最高だったね!」と笑い合った記憶。
その温かな笑顔も、まるで影のように消えていった。
そして、震災前最後に一緒に食べた夕食、いつものように美咲が「お母さん、大好き!」と元気に言った瞬間。
その言葉も風に流されるように、沙織の心から遠ざかっていく。
「お母さん・・・・・・・・」美咲の声が遠くから聞こえるようだった。しかしノイズがかかったように聞き取れない。
記憶は次々と消えていくが、そのたびに沙織の中には、なぜか温かな感情が残されていた。
結末: 忘れた何か
翌朝、沙織は目を覚ました。何か大切なことを忘れてしまったような気がする。
胸が苦しく、重く感じられる。
しかし、どんなに思い出そうとしても、それが何なのかは分からない。
それでも、心の奥底には不思議な安堵感があった。
涙が止まらず、頬を伝い床に落ちる。
全てが静かに、穏やかに消えていった。
タイトル:「お母さん、また来世で」
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