バレンタインデーの怖い話
Bさんには、バレンタインにまつわる奇妙な思い出がある。
はじまりはBさんが中学一年生の時だった。
当時、Bさんはマンションに両親と暮らしていたのだが、2/14に学校から帰ると母が茶化すような顔でBさんに微笑みを浮かべていた。
「Bもすみにおけないのね」
そう言って、リボンにくるまれた小さなギフトボックスをBさんに渡した。メモ用紙が添えられていて、「Bくん」と書かれていた。
郵便受けに入っていたのだという。
まさかと思ったが、自室で箱を開けてみると、手作りのチョコレートが入っていた。
誰かがBさん宛にバレンタインのチョコを送ってくれたらしい。
Bさんは、学校になじめず、教室ではいつも1人で友達がいない。
勉強もスポーツも平均以下だし、顔は猿みたいだとよく茶化される。
そんな自分に誰かが初めてのバレンタインチョコを送ってきてくれたのは素直に嬉しかったが、同時に奇妙でもあった。
中学の生徒なら、学校でいくらでも渡せるのにわざわざ家に送ってきたりするだろうか。
それになぜ自分の家の住所を知っているのだろう。
思い浮かぶ人もなく、送り主のヒントはないかと思って、箱を裏返したりして調べてみたが、わからなかった。
一口、チョコをかじってみると、絶妙な甘さでおいしかった。
この世界のどこかに自分に好意を持ってくれている人がいる、多感な時期のBさんには、それだけで大きな自信となった。
結局、送り主はわからないまま、翌年のバレンタインデーがやってきた。
期待と不安を胸に、2/14に郵便受けを開けると、またもBさん宛のチョコが入っていた。
開けるまでもなく、昨年と同じカラフルなギフトボックスが使われていたので、同じ人からのものだと一目でわかった。
やはり、今年のチョコにも、送り主の名前はどこにもなかった。
その翌年も、謎の送り主からのバレンタインチョコはBさんのもとに届けられた。
もしかしたら、母が学校になじめない息子のために一計を案じたのかもと訝ったりもしたけど、どうも違うらしい。
結局、バレンタインのチョコは、Bさんが18歳になるまで送り続けられた。
大学に進学したBさんは、そこではじめて彼女ができた。
Cさんという法学部の同級生だった。
Cさんと付き合い始めたのは一年の夏。
いつも1人で学食を食べていたBさんと、同じように1人で学食を食べていたCさん。
どちらがはじめに声をかけたのかは忘れたが、同じ境遇同士、自然と距離が縮まっていった。
交際がはじまって約半年、つきあってからはじめてのバレンタインデーが近づいてきた。
Bさんは、Cさんには打ち明けておいた方がいいと思い、毎年バレンタインチョコを家に送ってくる謎の人がいることを告げた。
話を聞いたCさんは怒るでもなく「素敵な話だね」と言って、2/14に2人で郵便受けを確認することにした。
「なんで俺みたいな男にチョコをずっと送ってきてくれるのか不思議なんだよな」
「きっと、Bくんがいつも1人だから、あの子大丈夫かな?って心配になったんじゃないの?」
「たしかに、そうかも」
Bさんのマンションに向かう道を歩きながら、2人は笑いあった。
マンションに到着すると、BさんとCさんは2人で郵便受けを開けた。
ところが、チョコは今年に限って入っていなかった。
不思議がるBさんに、「もしかしたら、私がいるからかな?」とCさんは言った。
そうかもしれないなとBさんも思ったが、毎年送られてきたものが急になくなると、なんだが寂しい気もした。
結局、送り主は不明のまま。チョコだけのやりとりだったけど、ずいぶん励まされた気がする。
いつかお礼ができる時はあるだろうか、、、
しんみりしているBさんに、おもむろにCさんが「はい」とチョコを渡してきた。
「はじめて作ったから、ちょっと失敗だったけど」
見ると、焦げついて形も少しグロテスク。食べてみると全然甘くなかった。
「どう?やっぱりダメ?」
「うーん、もうちょっとかな、、、」
Bさんは正直に感想を伝えた。
「来年はもっといいの作る、絶対」
意気込むCさんを、Bさんは微笑ましく見つめた。
ずっと彼女と一緒にいれたらいいなとBさんはしみじみと思った。
翌年もその次の年も、謎の送り主からのチョコは送られてこなかった。
やはり、Cさんと付き合い始めたことが理由なのだろうか。
一方、BさんとCさんは順調に交際を続けていた。
Cさんは宣言通り、翌年のバレンタインデーでは、売り物と見紛うクオリティの手作りチョコを作ってくれた。ネットでレジピを調べながら、一生懸命に作ってくれたのを知っていたので、Bさんは余計に嬉しかった。
その次の年は飾りもついて、さらに凝っていた。
Cさんは、バレンタインにBさんを驚かせるのを楽しんでいるようだった。
謎の送り主からのチョコはなくなったが、バレンタインデーはBさんにとって変わらず特別な日となった。
大学卒業を控えた2月。
春からはBさんもCさんも社会人だった。
2人の仲は変わっていなかったが、お互い忙しくなってすれ違いが増えるかもしれない。
Bさんは、今年のホワイトデーに、プロポーズをしようかと漠然と考え始めていた。
2/14。
Bさんは、Cさんとディナーデートの約束をして駅前で待ち合わせていた。
今年はどんなチョコをくれるのだろう。
Bさんは待ち合わせ前からワクワクしていた。
ところが、待ち合わせ時間になってもCさんは現れなかった。
電話にもでない。
Cさんが、時間に遅れることなど今まで一度もなかったので、Bさんは心配になって、Cさんが一人暮らしするアパートに電車で急いだ。
けど、部屋をノックしても反応はなかった。
何度も電話をかけたが、連絡なつかなかった。
折り返しの電話がかかってきたのは、それから1時間後のことだった。
「もしもし?どうしたの?」と安堵のため息をもらしたBさんだったが、「もしもし・・・」と返事をしてきたのは、Cさんではない女性だった。
「Bさんね。Cの母親です」
とまどうBさんに、Cさんのお母さんは信じられない事実を告げた。
病院で、Bさんは、Cさんの遺体と対面した。
脳梗塞とのことだった。
Bさんとの待ち合わせ場所に向かう途中で倒れて、病院に搬送されたがすでに手遅れだったという。
Bさんは、目の前の現実が信じられず、ただただ呆然とするしかなかった。
涙は出なかった。
ただ、自分の心の中で何かが壊れたのはわかった。
お通夜と葬儀に参列し、火葬されたCさんの骨を見ても、Bさんは泣けなかった。
それどころかあらゆる感情がなくなってしまったようだった。
周りの光景全て現実感がなく、自分が自分でないような感覚。Bさんは、生きる屍となった。
お骨をお墓に収め終わり、参列者たちが解散しはじめても、Bさんは呆然とお墓の前に立ち尽くしたままだった。
そこへCさんのお母さんがやってきた。
「Bくん。この前、渡せなかったんだけど、これ」
Cさんのお母さんは、ギフトボックスをBさんに渡した。
「きっと、あの子からのバレンタインの贈り物だと思う」
その箱を一目見て、Bさんは目を見開いた。
リボンに包まれたカラフルなギフトボックス。
見間違えようがない。
これは18歳までずっとBさんに送られてきたバレンタインチョコの箱と同じ物だ。
なぜ、これをCさんが・・・。見てないはずなのに。
(きっと、Bくんがいつも1人だから、あの子大丈夫かな?って心配になったんじゃないの)
Cさんが謎のバレンタインチョコについて話していた言葉を思い出す。
Cさんはハッとした。
もしかして、あのチョコは、天国のCさんが送ってくれていたのではないか、、、
あのチョコは時空を超えて送られてきたバレンタインの贈り物だったのかもしれない。
常識的に考えればありえない話だが、Bさんは、きっとそうに違いないと確信を持った。
「そうか・・・キミだったのか」
Cさんの目からはじめて涙が溢れ出た。
一度、流れはじめた涙は止まることなく、Bさんは感情の堰が外れたように、いつまでも泣き続けた。
その翌年、Bさんは社会人になった。
慣れないスーツに営業活動。
学生時代とは比べようもないスピードで時間は過ぎていった。
気づけば、もうすぐバレンタインデーの季節。
バレンタインは、思い出の日であると同時にCさんの命日でもある。
悲しみが癒えることはない。
それでも、Bさんは元気に暮らしていた。
Bさんの心を支えていたのは、自分は1人じゃない、という感覚だった。
いつもすぐ近くでCさんが見守ってくれているような気がする。
2/14。
Bさんが、仕事から帰って、ひとりぐらしをするアパートの郵便受けを開けると、見慣れたギフトボックスが入っていた。
Cさんからのバレンタインチョコ。
このチョコは未来へも時空を超えるらしい。
(一人で大丈夫?)とCさんに言われているような気がした。
「大丈夫だよ」
Bさんは、そう返事をした。
バレンタインの贈り物は、今でも続いているという。
きっと今年もBさんのもとには、Cさんからのチョコが届いていることだろう。
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