流れ星

流れ星の願い

「流れ星ってどうやって願いを叶えるんだろうな」
開け放った窓から、今夜がピークのオリオン座流星群を観察しながら友人は呟いた。
「流れ星が消えるまでに3回願い事を言う、とかだったっけな」
受験勉強の手を止め、昔を思い出しながら霞む記憶を辿った。
子どもの頃に誰かから教えてもらった気がする。
気づけばあたりが暗くなっていた。
「いや、そうじゃなくて」
机に向かっていた僕は星空を見上げている友人の方を向いた。
「『流れ星の願い』は誰が叶えるのかってこと」
外を見ているので表情はよく分からない。
「どうしたん急に」
「いや、なんとなくそう思ってさ」
友人も僕と同じ受験生だ。
「勉強で疲れたのか?さっきからずっと空見てるし」
秋だからだろうか、友人の背中に哀愁が漂う。
「なんかさー、子どものときってそんなこと思ってたんだよなぁ、って」

窓から夜風が吹き込んでくる。
10月ともなると夜風に肌寒さを感じる。
そんなことは分かっているが、今はどうでもいいことのように思えた。
机を離れ、友人の隣で床に胡坐をかいて座り、一緒に星空を眺めた。
今夜は月が肩身狭そうだ。

あんな話を切り出されたからだろうか。
空を見上げていると、まるで無限の可能性を秘めた宇宙と、飽くなき想像に満ちた子どもの頃の頭の中を重ね合わせている気分になる。
「あと、あれ。秘密基地から登校する、とか」
「何それ」
友人は少しはにかんでいる。
「え、ちょっと夢じゃなかった?」
僕も微笑みを返した。
「まあ、そう思ってたのかもな」
少し間を置き、遠い目でつぶやいた。


いつからだろうか、自分の想像力に歯止めをかけ始めたのは。
あんなに旺盛だったものが、時を経るごとに失われていった。
現実を教えて頂いたのか、現実を教え込まれたのか、どちらなのかは分からない。
ただ、道を進むごとに、身の回りに溢れた想像の種に霧のようなもやもやがかかり始めた。
霧がかかっていないのは特定の場所だけで、そこを目指す道に色んな人が押し寄せていた。
そんな中を進んでいると、ゆっくり歩くことも、道草することも、段々億劫になっていく。
知らず知らず諦めたこと、自分で決めたように見えるものが、時を重ねるごとに増えていった。
今、友人が何を考えているのか分からない。
この星空に映し出しているのは、果てしない空に描く未来への希望だろうか、どこかに捨てた自分という過去への嫉妬だろうか。


「俺さ、総理大臣になりたかったんだ」
その声を引き金に星空から吐き出されるように、現実に戻った。
夢現でも、頭は話を理解していた。
「へぇ、お前も案外そういうとこあるんだな」
「うるせぇ、お前は何だったんだよ」
「うーん、旅人とかかな」
へぇ、と意外そうな声をあげた。
「なんか途中でくたばりそうだな」
うるせぇ、と口を尖らせた。
お互い苦笑していた。

「あ、流れ星」
友人は両掌を合わせ目をつぶり、流れ星に願いを乗せている。
突然のことで、その様子を見ていることしか出来なかった。
しばらくして、ゆっくり目を開けた。
「総理大臣か?」
「いや、大学合格」
素気ない表情で答えた。
「なんだよそれ、現実的かよ」
「今はそれが一番!」
ささ、勉強、と友人は重そうな腰を上げ、大きく伸びをして机に戻った、今までの事は夢だったかのように。
数学やらないとなー、そんな気の抜けた声がゆらりゆらりと部屋を覆わんとしている。

もう一度星空を眺めた。
時折、流れ星が横切る。
何に囚われるわけでもなく、ただ、流れていく。
もしかすると、『流れ星の願い』はもう叶っているのかもしれない。
自由に空に一線を描き、人々の夢を自由に運ぶ。
それだけで十分ではないか。


僕はもう少し、頑張ってみる。
開け放った窓に、後ろ髪を引かれる感覚を抱きながら。

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はやぶさ
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