割れ物は手に持って
ひどく落ち込んだり、煩悶したり、将来が不安になるときがある。
受験が上手くいくのか分からなかったり、自分の選択が正しいの分からなかったり、友達に余計なことを言ってしまったり、なぜか好きな子に意地悪してみたり、優柔不断が災いしたり、と数え上げればきりがない。
そんな気持ちを他人に伝えられるほど、誰もが大人だったとしたら悩みを抱える者なんて、めでたくこの世からいなくなる。
でもそんな大人がいや、そんな人間がこの世にいるのだろうか。
自分の全てを吐き出せるかっこいい大人がこの世にいるのだろうか。
こんなことを考えてるのは大抵、夜だ。
いつも無意識に歌詞カードを広げ、耳にイヤホンをあてがう。
音楽は不思議だ、心の様相で七変化する。
時に悲しく、時に切なく、時に侘しく……どれも全然ポジティブじゃない。
こんな夜は、音楽を聴いてるときくらいはそんな想いに浸らせてほしい。
伝えられない気持ちを音楽の中で咀嚼し、消化しているのだ。
今日に限って、こんな歌詞を見つけた。
割れ物は手に持って 運べばいいでしょう
なんだかキツネにつままれたような気分になる。
割れ物を手に持たずに運ぶ者がこの世にいるだろうか、誰がリフティングしながら、誰が壁に打ちつけながら運ぶだろうか。
……自分かもしれない。
自分の心がそんな仕打ちを受けているのかもしれない。
心はときに割れ物だ。
どんな陶器よりも、どんなガラス細工よりも繊細で壊れやすくなることがある。
すっかり意固地になって同じ場所で佇んでいる。
動かそうとすれば、ほろりとどこかが崩れてしまいそうな微妙なバランスで存在しているのだ。
誰かに伝える勇気が出ず、誰からも声をかけてもらえず、誰の手も差し伸べられないなら、せめて自分の手の温もりの中に、とそっと胸に手を当てた。
手のひらに包まれると、少しずつ閉ざされていたものが開いていく、そんな気がする。
今まで気づかなかった歌詞が見えてくる。
音楽とはそういうもの、生きるとはそういうもの、成長するとはそういうものなんだろうか。
なんだかほっとしてきた。
こんな歌詞も見つけた。
幸せは途切れながらも 続くのです
少し微笑んでいる自分がいる。
明日の朝、心はもうひとりでに動き出すだろう。
スピカ/スピッツ 歌詞