【がんと知るまで】はじまりは1年前②
「要精密検査」の結果が出てすぐに勤務先の社長へ相談をしました。
「すぐに行ってきてください」
その頃から弊社社長は優しいです。
今回も病名を報告し、今後の入院や治療について報告したときも、
「早く治して元気になってください」と言って、その後は普通に仕事を振ってきてくれます。このことが私にとっては、すごくありがたい。
精密検査は、2019年3月11日になり、
エコーとマンモグラフィーをやりました。
乳がん検診ではマンモグラフィーだけなのでここでのエコーが初めてになります。
エコーは男性でした。マンモは検診とは別の方だったかと思います。
その精密検査の結果が出たのは、3月26日。
結果は、「異常ありません。来年も検診を受けましょう。」
でした。
「偽陽性」です。
今でも覚えています。少し年を取ったおじいさん先生が、私のマンモの画像を見て、なにもないですよ~と何の緊張感もなく言っていました。
私はこの検診結果が出てから、精密検査を受け、その結果を待つまでずっと怖かったのに。
私は年齢的にも若い。
若い女性は、偽陽性になりやすい。
検診をやることで、偽陽性による精神的負担のほうが大きい。
若い女性はマンモよりエコーのほうがいい。
いろんな意見をネットで見ました。
私自身も、自分はがんではないか、と落ち込むことによる精神的な負担のほうが大きかったと、このときは思っていました。
得体のしれない「非対称性陰影」は、
何者なの?
大きさは?
悪性なの?
私は死ぬの?こどもを残して?
不安な日々を送っていました。
でも、偽陽性だとわかってよかった。なんともなかったとわかっただけ意味がある。そう思ってそれからの日々を過ごすことにしました。
そうです。私はこのとき、「乳がん」を見逃されてしまったのでした。
ですが、得体のしれないものへの恐怖に直面したことで、
「精神的な強さ」をこのとき手に入れていたのでした。
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(おまけ)
乳がん検診のとき、私の胸をこれでもかとひっぱり、ぎゅうぎゅう力強くマンモの機械に挟んでくださった技師さん?がいます。
今でも覚えていますが、彼女の検診は痛かった。
でも、今思えば、彼女の検診で初めて私の中にできはじめていたかもしれない「がん」の存在を感じることができました。
その後、偽陽性と判断されましたが、彼女のマンモは、私の中の小さな何かをきちんと写してくれていたはずなのです。
とても感謝しています。
あのときの技師さん。ありがとう。