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Autumn of sun!⑧

こうして、野獣とベルの奇妙な生活がはじまった。

ここまでが前半の見せ場だ。

照明が暗くなると、戻ってきたぼくたちに
舞台袖にいた中山さんが
「大丈夫。2人ともちゃんと役になりきれているから、自信持って!」

「うん。ありがとう」

「誰よりも強くて、優しいベル。
あなただから野獣を救えたの。あなたの存在が彼を変えたのよ」

中山さんの言葉が魔法みたいに心に染み込んでいく。

「そうよね?野獣さん?」

「ああ。そうだな。ベルの何気ない優しさや思いやりが変えてくれた。次はそれを演じきる…しかし、暑いな」

「もう少しの辛抱よ。後半もがんばって!」

「ああ」

「ガストンはさすがね。滑舌も良くて、声が通るから、神田川くんにおねがいしてよかった。
後半、そのままのガストンを演じきってね!」

「わかった。中山さんにほめられると自信がつくよ」

さあ、暗転がおわり、後半がはじまる。

ほうほうの体で村へ帰ってきたベルの父。

それをガストンが目ざとくみつけ
「ベルはどこだ?」
と詰め寄ってくる。

完全な片想いなのに
一刻も早くベルと結婚したいガストン。
「娘は自分の代わりに人質になったと」と嘆く父親に疑いを持つ。


一方のベルは、深い悲しみの中にあったが、
だんだん状況を理解したらしく、ポット夫人やティーカップの息子のチップたちと仲良くなる。

ここであの、小道具のミトンで作ったポットが活躍している。

時計のコグスワース、ろうそくのルミエールも不安そうなベルを優しく見守っていた。

一方の野獣はどこにいるのか、全然でてこない。

ベルは屋敷を散歩してみた。
すると奥になにか部屋があるのをみつけた。

ジェスチャーで、ドアを叩く仕草をした。
反応がない。

おもいきって部屋に入ったベル。

そこには様々な本がある、書斎だった。

「わあ…」

読書好きなベルがいとおしそうに本をみていると、背後から鋭い声が聞こえた。

「そこで何をしている!」

野獣にみつかってしまった。

ベルはたじろいたが、すぐに謝罪した。
「ごめんなさい。私、本が大好きで、つい魅入ってしまいました」

「勝手にはいるな、でていけ」

ベルの声には一切耳を貸さず、
野獣に追い出されてしまった。

「こわい…お父さんも心配だし…やっぱり帰ろう!」

ベルは夜が更けるのを静かに待ち、
そっと屋敷を抜け出した。

奥深き夜の森は、昼なお暗く、
夜になると不気味さを増していた。

そして、何者かの咆哮が聞こえると、ベルはオオカミに前後を挟み撃ちにされていた。

怯えて動けないベル。

「誰か、誰か助けて…」

飛びかかられたら、オオカミの餌食になってしまう。

「グオオオオ!!!」

そのとき、地鳴りのような咆哮がした。

すると、いままでの様子が嘘のように
オオカミたちはさっさと退散した。

ベルは恐怖で座り込んでしまっていた。

「夜の森は危ない。立てるか?」

野獣はぶっきらぼうにいい放つとそっぽをむいたまま、ベルに手を差し出した。

「ありがとう。助けてくれて」

その日を境に、ベルと野獣の関係に変化が見られるようになった。

ベルはどんな本が好きかとか、
野獣と語り合ったり、

野獣は庭で唯一きれいに咲いていた花をベルにプレゼントしたりと
不器用ながら思いを伝えていた。

しかし、不安なのは父、モーリスのこと。
野獣に相談すると、
「これを見るがいい」
と真実の鏡を見せてくれた。

そこには病にかかり、床に伏せる父の姿が。

「お願い、父のところに行かせて、必ず戻ってくるから」

ベルの必死の説得に、野獣は鏡をかし、ベルを村へと帰らせた。

「心配だから、こっそり俺っちもいってくるよ」

家来の一人であった、チップが
ベルの後をつけていった。

野獣の命を表す花びらもあとわずか…。

時間がないが、ベルの願いを叶えてやりたかった。

それがいま野獣にできる最善の策だった。


一方、村にたどり着いたベルは
無事父と再会。
「おお、ベル…ベル、よくぞ無事で」
「お父さん。私は大丈夫よ」
真実の鏡を見せようとしたとき

「ベル!お前は野獣にさらわれたとか親父がいってたけど、頭がおかしくなったんじゃないか?」

「そんなわけないでしょう!失礼よ!」

ガストンの上から目線に怒りを隠せないベル。

「いっそ精神病院にでも入れて、治療したほうがいいんじゃないか?」

我慢ならなくなったベルは真実の鏡をとりだし、

「これを見なさいよ!野獣のもとで私は普通に暮らしているわ」

「野獣だと…?」

ガストンが鏡をじっと見つめた。

「こんな醜く凶暴な奴は退治しないといけない。村人とともに成敗する!」

「やめて!なにもしていないじゃない。村も襲っていないし」

野獣を必死にかばうベル。

ガストンの嫉妬心に火が付いたのか、2人を地下の研究室に閉じ込めてしまう。

このあたりは、合唱コンクールで使う階段をつかって、段差を出している。

そしてガストンは村人をひきつれ、野獣討伐に森へと向かっていった。

「ああ、どうしたら…」

この地下室の柵は、スプレーで重厚そうにみえるが、実は各ご家庭でみられる犬よけだ。

「ベルちゃん!ベルちゃん!」

ふと声が聞こえる

「あなたは、チップ!どうしてここに?」

「心配でベルちゃんのあとをつけてきたんだ。いま出してあげるよ」

チップは観客には暗くてよく見えないが、ベルがポケットに忍ばせていて、柵を持つ反対の手で動かしている。

「ありがとう。お父さんはとりあえず休んでいて、ガストンたちを止めなきゃ。チップおねがい!」

「あいあいさー」

ベルが乗る馬は森を颯爽と駆け抜け、すぐ屋敷にたどり着いた。

すでに家来たちであるコグスワースたちも奮闘している。

「おかしいわ、チップ、ガストンがいない」

「たぶん直接上に向かったんだ」

ベルはあわてて階段をのぼる。

そこでは弓を構えたガストンの姿。

まさにトドメを刺そうとしていた。

「やめて!ガストン!」

ベルが野獣の前に立ちはだかる。

その勇気ある姿に、野獣は奮起し、ガストンと形勢が逆転した。

「うわあああ!やめてくれ!命だけは、命だけはたすけてくれ!」

尻もちをついて命乞いをするガストン。

野獣は攻撃せず、
「すぐに城からでていけ」
とガストンに告げた。

「無事だったのね。よかった…」
ベルの言葉に、
野獣はゆっくりうなづいた。
「さ、傷の手当てをしましょう」

「おおおおお!!」

そのときだった、背後からガストンがナイフで野獣を切りつけたのだ。

倒れる野獣。背中からは血が流れ続ける。
一方のガストンは支えにしていたバルコニーの柵がこわれ、転落した。

息も絶え絶えな野獣を抱き締める
ベル。

そして、最後の花びらが散った瞬間…

「あなたを愛しているわ」

そっと野獣にキスをした。
このときベルがマントでかくし、
そっと野獣のターバンと仮面をとりはずし、カツラもとる。

これらは舞台が
暗い間にこっそり裏で回収されていく。

野獣は元の王子に戻り、家来たちも無事人間ににもどった。

「私は人を愛することができたのだろうか?」

「あなたは以前のあなたではないわ。優しさも愛も持っている人よ。
私はあなたを愛しているわ」

「ベル…」

気づけば元にもどった家来たち(一年生部員)も泣いている。

そして、ベルと野獣の愛を心より祝福していた。

そして最後は2人で晩餐会を開き、簡単な振り付けで、どうにかまにあった喜びを全身であらわして踊った。

最後は2人が寄り添って終わる。

2人に当たっていたスポットライトがだんだんと暗くなり、幕が下りる。

たくさんの拍手の中で無事、舞台は成功した。

「以上で演劇部による『美女と野獣』は終演いたします。最後までご観劇いただき、ありがとうございました」

最後に舞台に全員が一列に並び、お礼の挨拶をする。

みんな泣いていた。
観客の人も泣いている人がいた。

ぼくも、例外でなく涙が止まらなかった。

「ベルは芯が強くて、まっすぐな性格で、演じてて、本当に幸せな役でした。このような機会を与えていただき、ありがとうございました」

ぼくは涙ながらにどうにかお礼を言い終えた。

「誰しも野獣のように傲慢になってしまうこともあります。

でも、気づくことができる、変えることができる。
その経験は無駄にならないとこの役を通じて学びました。
観てくださったみなさま、
支えてくださったみなさまに
心より感謝いたします。ありがとうございました」

リクも若干声が震えていた。

「観てくださったみなさま、ガストンを憎いと思いましたか?
そう思ってもらえたら、僕の役作りは成功です。ご観劇ありがとうございました」

さすがの神田川くん。
最後のコメントまで堂々としていた。

こうして、ぼくらの学園祭はおわった。

着替えて、メイクを落とし小道具を治すと、ぼくらはぐったりしてしまった。
全エネルギーを使ってしまったらしい。

夕方、展示が終わると、ぼくは作品を取りに行った。
もちろん、リクも一緒だ。

幸いもうほとんど部員もいなかったので、さっと回収して、ぼくらは帰ることにした。

無事持ち帰ってきた作品。

紅葉と新緑の貼り絵。

ぼくらがよく通る公園がモデルだ。

「ソラ。これにさ、貼って欲しいものがあるんだけど」

「ん?なに?」

するとリクは小さなお人形みたいな紙を出してきた。

「これって…」

「俺たち。絵の中でも俺らは一緒にいたいなって思って」

「もう、みんな今日どれだけ泣かすの?明日目が腫れちゃう」

「ごめんごめん。ソラのこの作品すごく好きなんだ。だから特別にしたくって…」

「リク、ありがとう」

紅葉の絵、新緑の絵、それぞれに糊でゆっくりと二つの人形を貼る。

「これからも絵の中でもリアルでもよろしく」

二つの絵の中で、ぼくらがいる。

現実では泣き笑いしながら、ぼくらの秋は過ぎていく。

きっと、これからの季節もずっと。


おしまい。


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