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Memories of love
『ある日突然記憶がなくなる』なんて、
漫画や小説のなかでしか
起きないと思っていた。
けれど、そうではなかった。
ぼくはそれを痛いほど思い知るんだ。
―――――――――――――――
きっかけは本当によくあることだった。
ぼくには片思いしている人がいる。
青春時代のよくある話で
淡い思い出、人生の中で切なく、甘い、1ページだ。
ただ、ぼくの場合、相手が同性であることを覗いては。
僕の名前はソラ。生まれた日が快晴で、
雲ひとつない青色が病室から目にはいったと、母親はいっていた。
そして…リクはぼくの幼なじみ。
子供の頃、病気がちだったぼくは
ほとんど友達ができなかった。
加えて明るい性格でもなく、
自分から話しかけるようなこともできなかった。
そんななか、声をかけてくれたのがリクだった。
「こんにちは。
ぼくは神崎陸(かんざきりく)です。あなたのおなまえは?」
まだ、お互い幼稚園児で、たどたどしく話してくれたリク。
「えっと…ぼくの名前は…篠原空(しのはらそら)…です」
ゆっくり言うのは言えたけど、
嫌われてないかな、と思っていると
「ともだちになろ!よろしくね」
そういってリクは笑顔でぼくに手を差し出した。
「うん。よ、よろしく…」
ぼくはそっと、リクの手を握った。
きっとそうだ、あのときからぼくは無意識にリクのことが好きだったんだ。
―――――――――――――――
「ソラ、おはよ―、迎えにきたぜ」
「リク!おはよう。今日はいい天気だね」
愛しい人の声。
思わず頬がゆるむのを押さえようとしながら外に向かう。
今日は母親は夜勤だから
いま、まだ誰もいない家に向かって
「いってきます」を言った。
「よっ!」
明るい笑顔でぼくをみつめるリク。
ぼくはジャンプしてハイタッチで返す。
カッコいいなぁ。
中学のころからぐんぐん身長は抜かされて、サッカーとか野球などスポーツをやっていたせいか、引き締まっていて、筋肉もついている。もしかしたら高校の今でも、身長は伸びているかもしれない。
ちなみにリクの名前の由来は、リクのお父さんが昔、陸上をしてたかららしい。
筋肉が付きづらいぼくのあこがれの身体でもある。
一方の僕は。ひととおりスポーツもやったのに、その割には身長は伸びず、幼い頃は顔立ちで、女の子と間違われていた。
いまもきっと髪を伸ばすと言われるかもしれない。
僕たちが通う学校は共学で
もちろん女の子もいる。
それなのにぼくは男性に告白されることがある。
告白されるだけならまだしも、体育館の後ろに呼び出されて危ない目にもあったことがある。
そんなやつからも、リクは守ってくれた。
「たいせつなやつを傷つける奴は許さない」
リクはそういって、ぼくを大切にしてくれた。
「幼なじみ」「親友」「家族みたいなもの」
これだけでも充分すぎる優しさをもらっているのに、ぼくはなんて
欲張りなんだろう。
もし、ぼくが女の子なら、ためらわずに一緒にいてくれたかな?
もし、告白してもリクを気持ち悪がらせたり、困らせたりしないだろうか。
リクの優しさや気遣いを感じる度に、嬉しさと同時にすこしだけ胸が痛いんだ。
せめて、リクが誰かと付き合ってくれたらあきらめもつくんだけど…。
リクは部活かぼく。
「俺の表面だけしか見てないやつに好きだとか言われても、何も心に響かない」
告白されては迷惑だ、と思いっきり酷い振り方をしている。
嫌われるくらいでいいと。
リクは自分の母親が父の容姿のみに惚れて結婚したことにひどい嫌悪感を持っている。
そして、人間なんてずっときれいなままでいられない。
生きている限り、年齢には抗えないんだ。
たとえ劣化を遅らせることはできたとしても。
リクのお父さんは何も悪くない。家族のために働いて、老けたとしてもなにがいけないんだ。
リクのお母さんはリクのお父さんをほったらかして、
おそらく出会い系でもやっているような気がする。
そんなわけで、リクは少し女性が苦手なのかもしれない。
「ソラ、おまえがいてくれてよかった」
辛いことがあった時、リクはぼくを抱き締めて泣いたことがあった。
ぼくはそばにいることしかできない。頭だってそんなによくないし、
話を聞くことしかできないけれど、リクの役にたてるなら幸せだ。
それ以上望めない。いや、望んじゃいけないんだ。
…そう思っていた。
この間までは。
あの日ぼくらは宿題の調べものをするために図書室にいた。
「どこかな…」
ズラリと並ぶ本棚。
リクより背の低いぼくは、ずっと見上げていると首が痛い。
「図書委員って何気にすごいんだな。上の専門書とかも整理してるんだもんな」
後ろのリクもすこし間隔をあけて
ゆっくりと上を見ている。
「そうだよね。けっこう重労働。なのに楽そうだと思われててなんか可哀想」
「でもそうやってソラが理解してくれてたら、図書委員も報われるんじゃない?」
後ろをふりかえると、リクが笑顔になっていて
思わずぼくも嬉しくなって
ほほえみかえした。
再び前を向こうとしたその時、
ぼくは、本棚にかけられた
はしごに足をとられてしまった。
「あっ」
「ソラ!」
すかさずリクが手をひいてくれて、はしごは反対側に倒れた。
けれど、とっさのことだったので
リクも滑ってしまい、ぼくの方に倒れてきた。
床に倒れたぼくと、リクの両手がぼくのからだの左右にある。
この体勢は…。
押し倒されている状態だ。
「大丈夫か?」
リクの背後にはガラス越しの夕陽。
いつも以上にリクが素敵に見えて、ぼくは息を呑んだ。
いまならぼくの顔がすこしくらい赤くなっても、気づかれないよね。
すると、一瞬のことだった。
リクの顔が近づき、ぼくにふれた。
いいや。正しくは唇にだ。
「ソラ?生きてる?」
「リク…」
リクの手が僕に伸びる。
だめだ、頬が赤くなっているのがバレてしまう。
こんな反応してたら、きっと嫌がられる…。
するとリクは再び唇を落としてきた。今度は唇をこじあけるように。先程より強く、激しく。
「んうっ…はっ…あ」
与えられる刺激に、背中がぞくっとする。
「リク…」
唇が離れ、ぼくはようやく絞り出すように
声を出した。
「人工呼吸。ね、ちゃんと呼吸してた?」
「一瞬、忘れてた。…リクにみとれて」
思わず言ってしまって
ぼくは両手で顔をおおった。
「そんな顔してたら
またへんなやつに襲われるぞ」
リクがそんなことを言うなんて
ぼくは一体どんな表情をしているんだろう。
「リクにならいい、襲われても。
嫌いにならない」
ぼくの精一杯の気持ち。
ずっとずっと隠してきた思い。
ついにあふれてきてしまった。
「俺もソラが好きだけど、嫌がることはしたくないな」
よいしょ、と腕を背に回して、
リクはぼくを起き上がらせてくれた。
再びリクの顔が近づく。
ぼくはほっぺにキスをした。
「嫌…?」
「嫌なわけないじゃん。俺が好き嫌いはっきりしてるのしってるでしょ?」
リクはそういって、ぼくのほっぺにキスをかえした。
「白くてやわらかいね。ソラのほっぺは昔からかわらない…」
こんな穏やかな表情のリクは
見たことがない。
「リク…気持ち悪くないの?ぼくリクのこと…」
頭を撫でてくれる手に、涙が出そうになる。
「気持ち悪いわけないじゃん。何で泣いてるの?」
目尻を伝ってきた涙を指でぬぐってくれる。
リクは優しい顔で、もう一方の手で頭を撫でてくれる。
穏やかで優しい、
ぼくが見る限りいつものリクで
ひきつった笑顔ではなかった。
「だって、ぼく、男だよ。リクが理想としてるような格好とかできないよ?」
「ばぁか。そんなん知ってるよ。いつからの付き合いだと思ってるの?俺ら」
リクはぼくの頭を撫でていた手で
ぐっと自分の胸の方ぼくを引き寄せてきた。
「ソラの思い出のなかに俺がいて、俺のなかにソラの思い出がたくさんある。そのどれもが宝物で、大切すぎて、口にだしたら壊れてしまうのが恐かったんだ」
シャツ越しにソラの体温が伝わる。心臓の鼓動も。
そして、頭の上から降ってきた言葉は、ぼくの耳朶(じだ)に響いては、赤く染めさせていく。
「ソラの外見もかわいいけど、
それだけじゃない。
いろんなところで救われてきたんだ。だからソラが男でも女でも、好きだ。」
「リクに感謝されるようなこととかないような気がする…むしろ友達がいなかったり、人見知りなぼくに声かけてくれて…あの出会いがなかったら、ぼくはきっとこんな幸せな気持ちは一生味わえなかったと思う」
ぼくは自分に自信がない。
リクの方が家族のこととか、困難をはねのけて強く生きている。
「ソラの笑顔に何度救われたかわからない。俺にはソラが必要なんだ」
「リク…ありがとう」
夕陽が再び重なる二人の影が窓ガラス越しに長く伸びていた。
つづく。