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Memories of love⑦

たっくんに家まで送ってもらって、その日は解散した。

楽しかったけど、疲れた…。
制服を脱ぐと、ゆったりとしたTシャツとズボンに着替える。

そのままベッドに倒れ込む。
「ぼくだって好き、大好きだ」
呟くけど、その相手はぼくの存在を忘れている。

男なのに男を好きになった罰なのかな。
ただ、好きな人が男性だっただけなのに。

リクのことは、これからもずっと好きでいるとおもう。
たとえぼくでなく、別の誰かを選んだとしても。
悲しいけれどね。

だってリクは暗くて、引っ込み思案で、人が怖かったぼくを光のほうへひっぱってくれた恩人なんだ。

そんな人を嫌いになんかなれない。

なれるわけないよ。

しばらくぼ―っとしていると、
ピコンとスマホが鳴った。

意外な人物だった。
高木さん。

「いきなりごめんなさい。夏休み前にあいさつしたかったけど、迷惑をかけたら悪いと思って、文章でごめんね」

そう、実は高木さんは案外義理堅い人だった。

「いやいや。わざわざありがとう。リクは相変わらずぼくのことを思い出してはいないよ。
今がチャンスなのに、なんで告白しないの?」

そう返すと、
「すこしだけ電話しても大丈夫?」と高木さんが返信してきた。

「いいよ。今部屋だから大丈夫」

するとほどなく電話がかかってきた。

「もしもし…あ、高木さん。わざわざありがとうね。宿題すごいよね」

「私。就職コ―スだから、小論文とか、自己PRを書けとか、そんなのばっかりなんだ。進学コ―スはそうなるよね」

そっか、高木さんはこの3年しかリクと過ごせる日々がないのか。

「ねぇ、高木さん。なんでリクに告白しないの?就職コ―スだったら、高校の間しかチャンスないじゃん」

すると、高木さんはあれからいろいろ考えたらしく、就職先で彼氏を見つけることに決めたらしい。 
そのためいい就職先にうかるためにシフトチェンジしたそうだ。 

「すごいね、高木さん。ガッツがある。ただぼんやり過ごしている人だっているだろうに、一年から
就職先を見据えて頑張るってすごいよ」

そういうと、いやいやいや…と
高木さんは照れているようだった。

「ところで、篠原くんが傷つくこときいてしまうけど、神崎くんの記憶は一部分もまだ戻らないの?」

興味本位でなく、心配してくれている。顔が見えなくとも、声色でわかる。
彼女もある意味嘘をつけないタイプみたいだ。

「戻んないね。イトコのことは覚えてたけど」

「そうかぁ…」

しばし沈黙が流れる。

「あ!」

「どうしたの高木さん?」

「私、難しいことはよくわからないけれど、
きれいさっぱり忘れてしまっているんなら、
もう一度神崎くんに好きになってもらえればいいんじゃない?」

「えっ…」
意外な答えだった。

「だって、もともと記憶があったときから篠原くんのことが好きなら、
きっとまた好きになると思うんだよね。
まるっきり好みが変わるとは思えないんだ。
だってそれ以外の記憶は変わってないでしょ?」

「たしかに…そうだよね。また好きになってもらえればいいんだよね」

「私はシンプルにしか考えられないから、それしか思い付かなかったんだけど…役に立てなかったらごめんね」

「いやいや、そんなことないよ。
ぼくの中になかった考えだから、ありがたいよ。高木さん、本当にありがとう」

ぼくがお礼をいうと、また高木さんは照れていた。

「ぼく、登校日に屋上に顔出すよ」

「うん。わかった。わたしもいくよ。いきなりごめんね。」

高木さんも了承してくれて、電話を切った。

そっか。
もう一度好きになってもらえばいいんだ。

また新しくはじめればいい。

その夜はいつもより安心して眠れる気がした。

「ん…」

夏の朝は夜明けが早い。

カ―テン越しに明るい日差しが漏れている。

起きる前にゴロゴロしていると、
スマホが鳴った。

「んん―…」

手を伸ばしてベッドの上にあるスマホをとる。

リクからだ。

「今日予定なかったら、宿題おしえてほしい。俺んち今日誰もいないから、よかったら来てくれる?」

「いいよ、大丈夫。何時にする?」

「ソラが用意できたらいつでも来てくれていい」

「わかった。着替えたらそっちいくよ」

ぼくは寝巻きにしているTシャツを脱ぎ、ポロシャツに着替えた。

これはたしかアウトレットにいったとき、リクと色違いで買ったものだ。

リクの方が背が高いから、サイズも上なんだよね。

着ているのを最近見たことないし、覚えてないかもしれないけど…。

ぼくは筆記用具と大量のプリントを鞄にいれると、スマホをもって、リクの家に向かった。


「おはよ―」

「おはよ。ここに来るまで、暑かったでしょ?なにか飲む?」

「ありがとう。もう夏!って感じだよね。8月が本番なのに」

ぼくが額の汗をぬぐうと、
入って入ってとリクが手招きする。

「先に上がってて。もっていくから。」


階段をあがると中で、冷蔵庫を開けているらしいリクの独り言が聞こえる。

「ソラはジンジャーエールがすきだから、これにしよう」

えっ…。
リク、ぼくの好きな飲み物。それは覚えているの?

もしかしたら脳内でも記憶を司るところがいま不安定なのかな?
脳は気圧でも頭痛がでたり、
耳鳴りがしたり、お天気にも左右される。

急に暑くなったから…リク、体調だいじょうぶかな?


ぼくは机の窓側に座り、鞄をおくと、足音が近づいてくるとドアを開けた。

「ありがとう!」

「おまたせ。さ、汗かいてるし遠慮なく飲んで」

リクがぼくにはジンジャーエール、リク自身はコ―ラを持ってきていた。

「いただきま―す」
「どうぞ」

喉を通りすぎていく炭酸が気持ちいい。
痛くもなくちょうどここちよい刺激だった。

ふと見たらリクがこっちを見つめていた。

いつもと、かわらない穏やかな瞳。きりっとした眉。整った鼻筋。シワの少ない唇。

けれどぼくのことは
おぼえていない。

動かしようのない事実。
こうやってリクが変わらないだけに、余計に悲しさが増す。

「そのシャツ似合ってる。俺も似たようなの持っているんだ。そのときより背が伸びて、丈が短くなったんで着てないけど」

「そうなんだ…奇遇だね。」

アウトレットにいったことは覚えているけど、一緒に購入したことは覚えていない。

高木さんの言葉じゃないけど、
ほんとうに新しい恋をしているみたいだ。

それでもいい。リクのそばにいられるなら。

「さて…気が重いけど
やんなきゃね、宿題」

「エコに逆行しているようなこの分厚さ。生徒分でいったいどれくらい紙を使ったんだろな?」

「いちおう再生紙ですって書いてあるけど…それでも多いよね」

二人でプリントを机の上にだす。

リクのはプリントをまったくとめていなかったらしく、ふわふわと風に待って床に落ちた。

「あっ」

思わず広い集めると、リクもそれに続く。
そして、ぼくのプリントに目をやると、

「ちゃんととめてあるんだ…偉いな」

「これだけあると、なくしちゃいそうだから、そうだ。ホッチキスでとめとく?」

「そうだな。たしか机にあったはず」

リクが手を伸ばし、机の引き出しを開けた。

「んしょ…と…わっ!」

近くに飛んでいた紙に手を滑らせてリクがバランスを崩す。

あわててぼくが支えようとしたが、ぎゃくに、リクが倒れてきてしまった。

ぼくは床に倒れ、リクは両手で上体を起こしている。

あれ、これって…

押し倒されてる感じ?

は、恥ずかしい…けど、あの事故以来、こんなに近づいてリクの顔を見るのは、はじめてだ。

ああ…
ぼくはやっぱりリクが好きだ。
たとえ忘れ去られたままでも、
ぼくの心の中にはリクがいて、それがもう当たり前になっている。

「「大丈夫?」」

同時に言ってしまい、
思わず笑ってしまった。

リクがそっとぼくの頬をなでる。
「やっと笑顔がみれた。
ずっと悲しそうな顔ばかりしていたから…俺、嫌われてるのかって」

気づいていたんだ。
「えっ!嫌ってないよ!むしろ…」

うっかり言ってしまってぼくは思わず顔を覆う。
まずい。顔が赤くなってるのもバレていると思う。

「むしろ…?」
(さ、察して!!リク)

「ねえ、ソラってたっくんのこと好き?」

突然リクが思わぬ質問をしてきた。

「なんていうのかな?好きにも種類があると思うんだけど、
やさしいお兄ちゃんってかんじ?そういう意味で好きだよ?」

ぼくはありのまま答えた。

すると、リクは顔を覆ったままの
ぼくに、ぼつり、ぽつりと話し出した。

「気づいたんだ。俺は…ソラが誰かとめちゃくちゃ笑っているときとか、楽しそうにしているとか、
なんか心がモヤモヤするんだ」

ん…?
指の隙間からこっそりリクの顔を見ると、眉間にシワをよせ、苦しげな顔をしている。

「ソラを笑顔にできるのは、俺って、
なんだかわからないけど妙な自信があって、
でも、ソラはそんなことおもってないだろうなって
胸が苦しくなってさ」

「リク…」

「ごめんな。ただの幼馴染みがこんなこと思ってるって気持ち悪いよな、忘れて」

「気持ち悪くない!」

ぼくの言葉に、リクがビクッと体を震わせた。

「ぼくは、ぼくのことをたとえ思い出さなくても、それでもリクが好きなんだ。ずっとずっと」

いままでの思いがあふれでて、同時に涙もどんどん流れてくる。

「ソラ…」

リクの長い指が、ぼくの涙をぬぐってくれる。
そして、背に手を回してぼくをギュッと抱き締めてくれた。

「涙で服濡れちゃう」

「いいよ、そんなの」

でもこのままじゃなんだか申し訳ない。
ぼくは、バンザイをする姿勢で両手を伸ばすと、不意に何かが指先に触れた。

「リク、あれなに?」

ベッドの下にある箱。

古びた歴史を感じさせる箱だ。

「ん、あれ?あんなのあったっけ?」

「やらしい写真だ」

「ならこんなわかりやすく隠さないだろ」

『おどうぐばこ』と書かれた茶色い箱。

これは僕らが幼稚園のときに使っていたものだ。

リクは箱を真剣にみている。

ゴムで無造作に閉じられた箱。

「開けてみようかな…」

リクの言葉に、
「大丈夫。やらしい写真がでてきても気にしないから」

というと、リクは
「違うと思う!!」とむきになっていた。

簡単なゴムをはずし、箱を開ける。

僕たちは固唾を飲んで
箱の中身を覗き込んだ。


続く。


















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