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Memories of love④
キイ…カチャン。
屋上の扉はすこし錆び付いている。
どこで待とうかな…とりあえず
ぼくは屋上の建物の横に腰かけた。
ここなら下からは見えにくいので、呼び出した人だけがわかればいい。
お弁当を置いて、お箸を出していると、扉の開く音がした。
「…こんにちは」
相手は意外な人物だった。
「あっ、あの時の…」
「ごめんなさい!!謝ってすむことじゃないけど、ほんとうにごめんなさい!!」
そう、リクに片想いしていた女の子。
「ぼくは大丈夫だから…リク…神崎くんに謝ってもらったほうが
ぼくは気分的に安心する」
平謝りの彼女は、
「卑怯なことをしてごめんなさい。
これ、バックアップとか撮ってないから、目の前で消します!」
彼女はスマホを取りだし、ぼくとリクの画像を消去した。
「ありがとう。でも、よく一人できたね。へなちょことはいえ、ぼくに殴られるかもとか思わなかった?」
すると彼女は目を見開いて驚いた表情を浮かべた。
「いや、篠原くんはいきなり人を殴るような性格ではないと思ってたから…それに、わたし一人がやったことだし、殴られたとしても当たり前のことしたし」
「ここまできて、謝ってくれてありがとう。ぼくはもう怒ってないよ。あっ…名字だけ聞いていいかな?」
「高木、高木京子です」
「高木さん。今ならリクに告白したらうまくいくかもよ?
リクはぼくのことだけを忘れているんだ。」
「えっ…」
「記憶の断片がどっかいってしまったのか、よくわからないんだけど、きれいさっぱりぼくのことは忘れている。ただの幼馴染みで同級生。それだけの関係だよ」
ぼくが話すと、高木さんは
かなりショックをうけていた。
「でも、それ以外はきちんとおぼえているんだ。サッカーしてたとかさ、だからいまがチャンスだよ」
「そんな…悲しそうな顔をしてる神崎くんに言われても説得力ないよ」
高木さんは、優しい人なんだな…。
「ごめんごめん。あ、お昼もう食べたの?」
「一応持ってきた。許してもらえなかったら、体育館の裏で食べようと思って」
よくみると、高木さんも小さな包みを抱えていた。
「なら一緒に食べない?時間もあまりないことだし」
「篠原くん…ありがとう」
それからぼくらは朝はパン派?ご飯派?とかあたりさわりのない話をしながらお弁当を食べ終わった。
「じゃ、ぼく先に行くね。もう少しゆっくりしてても昼休み大丈夫だから」
「篠原くん、ごめんね…そしてありがとう」
高木さんは何度も頭を下げていた。
ぼくは軽く手をふると、階段を降りて、教室へ向かった。
教室に戻ると、リクは同じサッカー部の奴と話していた。
ぼくはつとめて平静を装って、自分の席に戻る。
「篠原くん食堂だったの?」
リクがぼくの方に近づいてきた。
「ううん。外のクラスの人と食べようって朝誘われて、そっちで食べてきた」
場所はリクとよく食べていた
同じ屋上だけど、もう行くことはないかもしれない。
「そうなんだ…」
一瞬リクが哀しそうな目をしたのは気のせいだろうか。
いや、ぼくの存在はただの幼馴染みで同級生。
いまはそれだけの関係。
何も期待しちゃいけない。
いや、期待することすら許されない。
向こうにはぼくになんの感情もないんだから。
涙が出そうになって、ぼくはあわてて横を向いた。
それからリクはしばらくの間サッカーができず、体育もお休みのため、帰宅が同じになることが多かった。
今までなら手放しで嬉しいと思えてたことが、全然思えない。
むしろ苦痛だった。
ぼくは、リクがクラスメイトと話しながら帰り支度をしている間に
そそくさと教室をあとにした。
これがいい。これでいい。
だって何も望めないなら、
これ以上近づかない方がいい。
自分自身が惨めで哀しくなるだけだから。
まっすぐ帰ろうか、それとも
散歩して帰ろうか…。
迷っている間に、自宅が近づいてきた。
ん?
信号の向こう側で手を振っている人がいる。
誰だろう?
私服だし、リクではない。
信号待ちの人たちを見渡したけど、彼に手を振る人もいない。
まさか、ぼく?
信号がかわると同時に、その人は駆け出してきた。
同時にギュッと抱き締められる。
「ソラ!久しぶり~覚えてる?リクのいとこの拓斗(タクト)だよ!」
「えっ!たっくん!?」
ぼくは背伸びして、まじまじと顔をみた。
いとこだからか、なんとなくリクと似ているところはある。
けれど…ちょっとチャラいんだよねぇ。
リクは黒髪だけど、たっくんは
金髪だったり明るめブラウンだったり、髪色もよく変えている。
どれも似合っているから、リクがイメチェンしたとしても、きっと素敵だろうなと思ったことがある。
たっくんは大学生で、カリキュラムに一定期間の留学が入っている。
アメリカは9月が新学期だから、
必須の単位を取り終えたり、
試験に合格したものは休暇として帰国ができるそうだ。
日本にいるってことは、
たっくんは該当者なんだろう。
「今日はリクと一緒じゃないの?」
こくん、とぼくがうなづくと
「玲子おばさんの話は本当だったんだ…」
たっくんはどうやらリクのお母さんに事情を聞いたみたいだ。
「たっくん、知ってるの…?リクの記憶のこと」
ぽん、ぽん、とぼくの頭をなでながらたっくんは困ったような顔をした。
「うん。ソラのことだけ覚えてないんだよね。…そりゃ一緒にいるの辛いよね」
もう慣れたよ、なんていえるほど時間もたっていない。
「泣かないで」
「え…」
ぼくの頬を、たっくんの手が包み込む。
ぼくの涙をぬぐってくれた。
いつの間にか泣いていたんだ。
「我慢しなくていいよ。誰にも言えなくて辛かっただろ?」
いままで隠しつづけてきた思い。
たっくんの言葉にぼくは初めて
声をあげて泣いた。
―――――――――――――――
リクの家とぼくの家は同じ町内なので、どうしたって日常生活圏内で、普通に会う。
ぼくが落ち着くまで、たっくんが公園で休んでいこうと言ってくれて、すこし回り道をして帰ってきた。
するとちょうど反対側から歩いてくるリクと会った。
震えていたぼくの手をあっくんはほどくことなく、
もう片方の手をあげた。
「よう!リク、大変だったな。俺のこと覚えてる?いとこのタクトだけど」
リクは最初は訝しげな表情をしていたが、すぐに笑顔にかわった。
「たっくんか!カッコよくなりすぎてわかんなかったよ」
やはり本当にぼくのことだけ、きれいさっぱり忘れているんだ。
たっくんが握った手に力を込める。
「大丈夫。きっと思い出すから」
ぼくは小さくうなづいた。
リクのところはお父さんは少し遅くなるが帰ってくるみたいだけど、お母さんはいないようだった。
仕事の残業がつづいているとかで…。
うちで食べるのもいいけれど、
きっとたっくんを見ると、
うちの母の口ぐせが出るんだろうな。
「なら、うちで食べようよ。いきなり大人数で押しかけても、ソラのお母さんビックリするだろうし」
ぼくが母にインターホン越しに話すと、驚いていたが、たっくんを見たいと言っていた。
「じゃ、ご挨拶してくるよ。リクは待ってて」
ソラに続き、たっくんが再び手を繋いで家の中に入った。
「まあまあまあ!たっくん、立派になって。大学生だもんねぇ」
「お久しぶりです。おかわりないですね」
「ソラ、ちょうどよかったわ。裏のおじいさんに大量のサバをもらったのよ。食べきれないから、小さいのはフライにして、大きいのは焼くから、これで消化できるわ」
「俺、サバ大好きです。アメリカにいたら日本食が恋しくなって」
たっくんの言葉に奮闘した母はこれでもかというくらいサバ料理を用意してくれた。
「あ、お皿返すときにお土産あるんでもってきますね」
「おいしそう。お母さん、いきなりおねがいしたのに、ありがとう」
「三人ともたくさん食べてね」
「は―い」
玄関先でまつリクにもお皿をもってもらい、ぼくらは小走りでリクの家へ向かった。
猫に狙われてもおかしくないサバだらけだからだ。
「ただいま―」
「「おじゃましま―す」」
人気のないヒヤリとした暗い空間。もちろん返事なんてあるわけがない。
これがいつもの光景になりつつある。
中学時代、リクが帰りたがらないときは、よくあった。
そうだよね。
「ただいま」
「おかえり」
何気ない挨拶だけど、家族がいて、それすら言えないのは哀しい。
高校に入ってからは一緒に宿題をしたり、本を読んだり、DVDを観たり、まぎらわす方法もいくつかみつけた。
もう、それもできないなぁ…。
「ほい!ソラ、キッチンに運んで運んで!」
たっくんにせっつかれて、ぼくは
キッチンへと向かった。
大量のサバとともに。
サバカレ―(明日も食べられる)
サバの煮込み
しめサバ
サバの塩焼き
サバのマリネ
小サバフライ…
あと、特売品で買ったキャベツの味噌汁。
なかなかの量だ。
ご飯ももちろん持ってきた。
「うまそ―!!手洗って、早く食べよう」
ぼくらはとりあえず食卓につき、
「ソラ、こっちおいで」
たっくんが隣を指差し、
ぼくはそこに腰かけた。
リクは斜め向かいだ。
たっくんのさりげない配慮により、リクとは気まずくならなくてすむ。
「「「いただきま―す」」」
なんだか、不思議な組み合わせで食べたご飯だけど、おいしかった。
リクもお腹がすいていたのか、美味しそうにたべている。
よかった…。
母が紙皿にしてくれたので、片付けも少ないのがありがたかった。
「たっくん、ぼくも手伝うよ…ってたいしたことできないけど」
キッチンにごみを捨てにいくたっくんに、ぼくもついていく。
「神崎くん、すぐ終わるから気にしないで」
立ち上がろうとしたリクを押しとどめた。
リクが一瞬、哀しそうな目をしたのは気のせいだろうか?
つづく